BEYOND THE TIME 第1話 奪還 前編 

 人類発祥の地である地球から数光年離れた暗黒の海。そこは「ペソン海域」と呼ばれ、豊富な鉱山資源とレアメタルが取れるとして、企業によるし烈な争奪戦が繰り広げられた場所であった。しかし、それは後に「アーマゲン」とも「人類最終戦争」とも呼ばれる戦争が勃発する以前のことであった。今では廃墟と化した発掘所と、資源を搾り取られ痩せ細った無数の小惑星が残るのみであった。

 人類がかつて経験したことのない、数世紀にも渡る大規模な長期戦。このような異常な時代でなければ、この海域は人々の記憶から完全に消え去っていたであろう。しかし、時代はそれを許さなかった。この海域には、戦争勃発から数年後に、太陽系連邦によって大規模な収容所が建設された。それは、戦争勃発後に急激に増加した政治犯、反政府、反戦を唱える国民を、老若男女関わらず収容するためであった。

 大規模収容所「ペソン収容所」では、連日のように恐ろしい拷問などが行われていると、多くの噂が太陽系連邦国民の間に流れた。その結果、太陽系連邦国民にとって「ペソン」という名は恐怖そのものとなっていた。

 ペソン収容所の建設者、ティフラ・アルテミフは太陽系連邦最高議会の議長であり、アーマゲドンをはじめた張本人として銀河系全土に知られている。彼は、外宇宙連合がもっとも危険視する人物である。しかし、その一方で、太陽系連邦内では、反対者の多くは収容所に送られたことによって、圧倒的な支持をアルテミフは受けていた。それも、彼がもつ一種のカリスマ性と、彼が唱える「文明回帰主義」によるところが大きい。

 太陽系連邦の政治の中枢は、熱狂的な「文明回帰主義者」たちによって固められ、アルテミフは独裁体制を確立。その後、数世紀にも渡って独裁政権を掌握し続けていた。しかし、その長い独裁もついには終焉を迎えた。これ以上の長期戦を望まない外宇宙連合軍と秘密裏に協力を得た太陽系連邦軍によるクーデターによってだった。アルテミフ議長の逮捕は、実にあっけないものだった。銃撃戦などもなく、議長はクーデターを起こした連邦軍によって拘束された。

 太陽系連邦の新政権は、アルテミフを自らが建設し、恐怖の象徴でもあった「ペソン収容所」へ彼を送った。これにより、アーマゲドンとまで呼ばれた戦いに終止符がうたれると誰もが思った。だが、その期待は最悪の結果で覆される事になる。「ペソン」から、それは始まった。



第1話 奪還 前編

P:0000 6月7日 ペソン収容所

 独房の暗闇の中に一人の男がたたずんでいた。手入れの行き届いた髪は肩にまで伸び、彼が身に付けている服は刑務所内に収容されている他の犯罪人が着ているものとは明らかに違った。その男は、独房にある唯一の窓、瞬くことのない無数の星を眺め一言呟いた。

「そろそろか・・・」

 男がそう言い終えるか否かの時に、刑務所内の異常を伝えるアラームがやかましく鳴り響き、その後に警備員が慌しく走る足音が続いた。その様子を眺めながら、男はうっすらと笑みを浮かべていた。




 漆黒の闇の中に、一筋の光が輝いたかと思うと、前方に展開していたMSの上半身が木っ端微塵に吹き飛ぶと、さらにもう1機がリプレイ画面を見ているかのように、同じように爆散した。一瞬、何が起こったのかが理解出来なかったが、直ぐさまコクピット内のありとあらゆる計器が自機が狙われていることを警告した。パイロットスーツに身を包んだ男は、レーダーを見るが、そこには機影らしき姿はない。

 しかし、耳障りな警告音は鳴り続ける一方だった。もう一度、レーダーの画面を確認するが、相変わらず何も映っていない。男が画面から正面に目を向けると、そこには男が遠い昔、まだ学生だった頃に古代史の時間で習った、東洋の甲冑のようなものが、目の前に広がっていた。なぜ、MSが古代の東洋の騎士の恰好をしているんだと、頭に浮かんだ瞬間、彼の身体は高熱のビームによって消え去っていた。


 ペソン海域の防衛を一任されている司令室では、オペレーターの興奮した声と、司令の大声で満たされていた。

「なぜ、レーダーに反応がないにも関わらず、次々と防衛隊のシグナルがロストしているのだ!?」

 異様に痩せた細った長身の男が、怒りをあらわにしながら防衛隊のデータをリアルタイムに映し出すホログラムを睨んだ。既に、150機あった防衛隊のMSが100機にまで減少していた。

「ええい、オペレーター、現在の状況は!?」

 やり場のない怒りを、ペソン海域防衛隊司令官アグリッパ・メンテナーは、近くにいたオペレーターにぶつけた。理不尽な怒りをぶつけられたオペレーターは、ただ「情報はまだ入ってきておりません」と何度も口にした台詞をもう一度言うしかなかった。

「情報は、まだ入ってきており・・・えっ?もう一度お願いします」

 1機目のシグナルがロストしてから、今まで通信が全く取れなかったが、初めてパイロットからの通信を傍受したのであった。オペレーターは、やっとアグリッパの怒りを買わないで済むと思ったが、それは間違いであった。

「えっ?白いヒゲ?どういうことですか?」
「オペレーター、どうした?」
「現在、白いヒゲと交戦中との通信がパイロットから入ってきました」
「・・・白いヒゲ?貴様、私をバカにしているのか!?」
「いえ、そんなつもりでは!」

 もう何を言っても信じないと判断したオペレーターは、司令室内に音声が流れるようスイッチを切替えた。

『げん・・ざい・・・・白いヒゲのモビル・ツ・・こ・・うせんちゅう・・・繰り返す・・・』

「何!?」

 アグリッパは、突如として耳に飛びこんできた「白いヒゲ」という意味不明の言葉に混乱した。しかし、そんなアグリッパを気にもせず、オペレーターが新たな情報を告げる。もたらされた情報は、次々と消えていくMSのシグナル以上にアグリッパに衝撃を与えるものだった。それは、ペソン収容所に拘束されていた元太陽系連邦最高議会議長アルテミフの脱走の知らせだった。




「エゼエル、来るのが少し遅かったな」

 独房の扉の前には、あまりにも綺麗に整った顔、女性のような美しい髪と、一度見たら忘れられない紅い瞳を持つエゼエルと呼ばれる青年が立っていた。

「申し訳ございません。アルテミフ議長」
「まぁいい。既に門は開かれたのだからな」

 会話をしながらも、エゼエルはドアを普通に開けるように、素手でロックされた独房の扉を大きな音と共に開けた。

(議長、ここでの居心地はいかがでしたか?)

 エゼエルと呼ばれた青年は、手に持つサブマシンガンを駆け付けた警備兵に発砲しながら、アルテミフに声を出さずとも会話が出来る「バイオ・コミュニケーション」(生体通信、バイオコミュ)を利用し話しかけた。

(ふん、お前もジョークを言うようになったのか?)
(ジョークではありません。ただ、ここで過ごされた3ヶ月のことをお聞きしたかっただけです)
(丁重にここの連中は扱ってくれたよ)
(それは何よりです)
(相変わらず、ユーモアのセンスはないか・・・)
(申し訳ございません。私は98パーセント機械化されている人工体です。戦闘に不必要かと・・・)
(しかし、脳の中枢部分は元のままであろう?)
(そうですが、感情やユーモアなどの戦闘に不必要と思われるものは、抑制されております)

 エゼエルの容姿を見て誰もが違和感を覚えるであろう。脳以外は、すべて人工的な素材で形造られたエゼエルは、全く無駄のない体つきをし、顔も美しいほど整っているからだ。アルテミフとバイオコミュを通して会話をしながらも、数十人の警備兵を難なく戦闘不能状態に陥らせた。

「議長、邪魔者は排除しました。どうぞ、こちらです」

 エゼエルの案内通りにアルテミフは進み、2ヶ月間彼を捕らえていた収容所をたったの5分で脱出することになった。

(2ヶ月前まで太陽系連邦の議長である人物が捕らえられていたというのに、これほどまでに警備が薄かったとはな・・・なめられたものだな)
(MSの数だけで守れるとでも思っていたのでしょう)
(そのようだな。収容所内に攻め込まれることは想定していなかったようだな)

 エゼエルに渡された宇宙服に身を包んだアルテミフは、一瞬立ち止まりこの激動の3ヶ月を振り返るような眼差しで収容所を見つめた。

(議長、あまりお時間があまりありません。すぐに新太陽系連邦軍の援軍が向かってきます)
(分かっている。明日が楽しみだな。私に反旗を翻した者達が、この事実を知ったときにどのような反応を見せるかが!)

 エゼエルは、ノート型の薄型の機械らしきものを取り出すと、慣れた手つきでパネルを操作した。すると、目の前に広がっていた宇宙の星たちが剥がれ落ち、漆黒の中から白い機体が姿をあらわした。それを見たアルテミフは、決意を新たにしたかのように高らかに声を上げた。

(我々人類の希望・・・それが、とうとう完成したか!ターンAガンダム、我々人類を新たなる高みへと導きたまえ!)

 エゼエルは、アルテミフの言葉を聞きながら、コクピットに素早く入り周辺の状況をレーダー・ディスプレイで確認した。すると、数え切れないほどの敵機を示す赤い点が表示された。識別は、すべて新太陽系連邦軍であった。

(議長、お急ぎください。新連邦軍の援軍が到着し、包囲網を形成しようとしています)

 アルテミフは、無言でうなずきエゼエルが座るパイロットシートの後ろに、簡易的に設置されたシートに腰をおろした。

「エゼエル、彼らに反乱を起こした事が間違いであったことを見せてやるのだな・・・」
「了解しました」

 エゼエルは、シートの上に設置されてる頭をすっぽり覆うVRヘッドを被り、左右にある半球状の操縦桿に手を乗せた。98パーセントが人工体であるエゼエルの手の平から、エゼエルの思考とターンAガンダムのシステムが接続を開始する。また、シートの背もたれに設置されている、でこぼこの6つのコネクターが、パイロットスーツの背中にある窪みにすっぽりと入り、エゼエルの体はシートに完全に固定された。VRヘッドには、ターンAへのシステムにログインが成功したことを告げる文字が映し出された。


System-∀99
LOGIN: EZEL
PILOT CONFIRMED
<SYSTEM>
OK:100%
ERROR:0%

<COMBAT MODE READY>


 エゼエルは、いつものように自らがターンAそのものになったような錯覚に陥った。目を閉じていても、システムと接続されているので無限に広がる宇宙が鮮明に見える。そして、自分を包囲しようと展開する新連邦軍のMSの位置が手に取るように分かった。
 ターンAを囲んでいた無数の機体は、外宇宙連合との最近の戦いで活躍を見せたスモータイプのMSだった。

『こちら、新太陽系連邦軍第13機動艦隊所属リュウ少佐だ。おとなしく、アルテミフ容疑者を返してもらう』

(どうしますか?議長?)

 頭に埋め込まれたバイオコミュ受信チップが、アルテミフの意識にエゼエルの声を響かせた。エゼエルの仕様もない問いにアルテミフは口元に笑みを浮かべた。

(<ターンA>で救出しにきたということは、あのシステムが完成したということなのだな?)
(はい、既にシステムは稼動可能ですが、出力調整にはまだ時間がかかります。最小出力でなら稼動可能です)
(ふむ、よろしい。では、システムの試運転の相手でもしてもらうか、この裏切り者たちには・・・)
(了解しました)

 エゼエルは、直ぐさまシステムを稼動する為のコマンドを、手の平からナノマシンで接続されたターンAのマザーコンピューターへと伝達する。数秒経つと、前方のモニターに「Moon Light Butterfly System: online」という文字が映し出される。それを見たアルテミフは、再び笑みを浮かべ呟いた。

「月光蝶か・・・やけに優雅な名前をつけたな、あまり私の好みではないな・・・。まぁ良い、長年の夢がやっと叶うことになるのだからな、この月光蝶のおかげで。さぁ、とくと見せてやれ!高みへ昇れない者どもに!」

 <ターンA>の背中から、すっと虹色の輝きが蝶々の羽のように漆黒の闇に浮かび上がった。そして、その光の羽は徐々にスピードを上げ広がっていった。そして、ついには包囲網を完成した新太陽系連邦軍のMSにまで達しようとしていた。

 ゆらゆらとオーロラのように揺れ、近づく虹色の光。新連邦軍のパイロットたちは、そのあまりにも不思議な輝きの前に見惚れ、逃げることさえも忘れていた。しかし、月光蝶の光が機体に触れた瞬間、光はその本性をあらわし彼らに牙を向いた。
 
 光に触れられた機体のナノマシン装甲は、一瞬にして目で見ることが不可能なナノサイズで分解され、機体内部を構成するナノマシン群もすぐにその後を追った。月光蝶の光に包まれた機体が一瞬の内に漆黒の宇宙へと同化していったのであった。僚機が消滅したのを見たパイロットは、すぐに光の羽から逃げようとするが、MSは動かなかった。既に、月光蝶の輝きがジェネレーターを破壊していたのだった。

 巨大な蝶々の光の羽は、新連邦軍すべての機体を包み込んだ。一瞬の沈黙の後には、その空域に<ターンA>以外のMSは存在しなかった。

「素晴らしい!最小出力でこの威力か」

 アルテミフの興奮した声がコクピット内に響いた。エゼエルは、すべての敵がいなくなったことを確認すると、月光蝶の翅をゆっくりと<ターンA>は閉じ始めた。再び漆黒と静寂な宇宙が<ターンA>の周りを包み込んだ。

「では、エゼエル。我々の故郷へと向かおうとしよう。すべての計画を完了させるために!」
「はっ、了解しました」

 エゼエルは、まずは母艦<アポカリプス>へと帰艦するために機体を向かわせようとしたが、ペソン収容所防衛隊司令部にまだ数人の生命反応があることをレーダーが示していた。すぐに、<ターンA>の右手に長距離ビームライフルを持たせ、照準を司令部へとロックした。

「エゼエル、まぁいいではないか。彼らにはこの事実を後世に伝えてもらわねばならない。<ターンA>の華やか初陣を、そして月光蝶の恐怖をな・・・」
「了解しました」

 エゼエルは、アルテミフ議長の意図を完全に理解する事は出来なかったが、自分の役目はただ議長の言葉に従うだけだと自分に言い聞かせ、ビームライフルを格納し機体を<アポカリプス>が待つ海域へと向かわせた。




 アグリッパは床に座りこんでいた。白いヒゲが持つビームライフルの銃口が向けられたとき、死を意識し腰を抜かしてしまったからだ。自分が生きていると再び実感出来たのは、広域レーダーから白い機体の反応が消えてからだった。

「・・・あれは、一体何だったんですか?」

 アグリッパと同じように腰を抜かしていたオペレーターの生気のない声が司令部に響いた。

「ガ・・・ガンダムだ・・・」
「・・はい?」

 オペレーターは聞き慣れない言葉を返してきたアグリッパを見た。すると、子供のように怯えているアグリッパの顔がそこにはあった。

「ガンダム・・・白い悪魔」
「白い悪魔?どういう意味ですか?司令?」

 オペレーターの声は既にアグリッパの耳には届いていなかった。最終戦争前期に発生した「メモリーロスト事件」以降、戦争以前の歴史データは闇に葬り去れてしまった。破壊されずに残ったデータは、軍によって極秘とされていた。アグリッパは、昔一度だけ軍の歴史ライブラリーで見た白い機体の映像を鮮明に思い出していた。コロニーが次々と地球へと落下していく映像、悪魔の兵器を、躊躇もせずに撃つ白い機体、次々とMSをなぎ払うガンダム。頭の中では、様々な映像がフラッシュバックしていた。


過去に世界を幾度も滅亡へと導いた象徴、ガンダム

争いの災いに降臨する白い悪魔

真実か否か、それはわからないが、軍の歴史ライブラリーには、最後にこう記されていた。

―ガンダムが現れるとき、人類は死を迎える―と

「まさか、白い悪魔がこの時代にも現れるとは・・・」



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