BEYOND THE TIME 第2話 「構築」 中編

P:0000 6月9日 地球衛星軌道上 

「準備は整ったか?」
「はっ、いつでも発進できます」
「そうか、後は<アポカリプス>からの命令が届くのを待つだけか」

 新太陽系連邦軍第7艦隊所属の戦艦<ロッサ>のブリッジ内は異様な雰囲気に包まれていた。アルテミフ政権がクーデターによって倒れ、暫定政権が誕生し早3ヶ月。「新」太陽系連邦となった今、暫定政府は旧太陽系連邦のイメージを払拭するために様々な政策を急ピッチで行ってきた。議員や軍幹部の大幅な人事交代、そして、少しでもイメージを良くしようということからか、旧太陽系連邦軍の制服を全面的に廃止し、新しいデザインの制服へと一新させたのである。しかし、この<ロッサ>に乗っているクルーは誰一人、新太陽系連邦軍の制服を着ておらず、旧太陽連邦軍の制服を着用していた。

「クルスコ司令、<アポカリプス>からの暗号文を受信しました」
 オペレーターが緊張した面持ちで第7艦隊司令官アルバート・クルスコに報告した。「暗号を確認次第、解読しろ」アルバートはそうオペレーターに言い返すと、地球の衛星軌道上に集結している外宇宙連合艦隊を映し出しているスクリーンを睨みつけた。

 外宇宙連合の大艦隊が「最終防衛線」である地球衛星軌道上に集結したのは、約250年前に外宇宙連合が地球に大規模な降下作戦を行った第一次地球圏戦争以来であった。その戦争では、両軍とも多大な被害を出したが、最終的に太陽系連邦軍が辛くも外宇宙連合軍を地上戦で撃破、勝利を納めた。しかし、その代償は大きく、多くの都市が瓦礫の山と化し、地球の環境汚染はさらに悪化することとなった。

 第一次地球圏戦争以降、第五次まで発生した戦争では再び最終防衛線は破られることはなく、現在まで死守されてきた。だが、多くの犠牲により守ってきた最終防衛線が、いとも簡単に外宇宙連合の艦隊に突破されていくことに対して、アルバートは憤りを覚えていた。

――幸運にも、お前たち宇宙人がここにのん気にいられるのは後少しの間だけだがな・・・

 不気味な笑みを浮かべながら、アルバートは数分後に慌てふためく外宇宙連合艦隊の様子を想像しながら心の中で呟いた。そして、とうとうオペレーターからアルテミフ議長が拘束されてから待ち続けていた瞬間が訪れることがアルバートに告げられた。

「正式な暗号か?」
 アルバートの問いかけに、オペレーターはコンピューターが暗号を解析した結果を確認し、「正式な暗号であることを確認しました」と報告した。その報告にアルバートは興奮を隠し切れず、大げさな手の動作を交えながら指令を出した。

「全艦艇に作戦決行の暗号を送れ。これ以上、外宇宙人どもに聖域を汚されるわけにはいかん。作戦を決行せよ!」

 暗号化されたアルバートの指令が衛星軌道上に展開する新太陽系連邦軍内に潜んでいる親アルテミフ派である友軍に送信された。「X(エックス)」に「:(コロン)」が付いた文明回帰主義者が好んで使うマークがディスプレイに次々と表示される。「エックス・コロン計画」の発動の合図であった。

「全艦、地球時間0130に一斉に艦砲射撃開始、後にMS隊を順次発進。アルテミフ議長が到着するまでに、敵の数を一隻、一機でも減らし撹乱させろ。新たなる時代、文明のために!」アルバートの音声は、衛星軌道上に展開している同志たちに伝えられた。

 そして、遂に奇襲作戦の始まりを告げる時間が訪れた。しかし、次の瞬間アルバートの表情が強張ったのをオペレーターは見逃さなかった。その理由をオペレーターはすぐに知ることとなる。衛星軌道上に展開する新太陽系連邦と外宇宙連合の艦艇を表示してるディスプレイに、どちらの勢力にも属さない黄色のマークが表示された。それは、エックス・コロン計画の暗号を受け取り作戦を共にする同志、即ち「友軍」であることを示している。しかし、黄色のマークとして表示されたのは、新太陽系連邦の艦艇だけでなく外宇宙連合の艦艇も多く見られたからだ。また、命令書には「自軍への攻撃のみを許可」とも記されており、アルバート個人の外宇宙人への恨みを晴らす機会は失われてしまった。

「0125を持って黄色マークを友軍とし、他の艦艇及びMSを敵軍と識別します」
 忌み嫌う外宇宙人にも友軍がいることを知り、さらに追い討ちをかけるように外宇宙人に対しては攻撃出来ないと分かり、完全に黙り込んでしまったアルバート・クルスコの様子を、オペレーターは伺いながらも自分の任務を淡々とこなした。
 オペレーター達の声だけがブリッジに響き渡る時間がしばらく続いた。まもなく作戦開始時間になろうとしているにも関わらず、一向にアルバートは口を閉じたままだった。刻々と過ぎていく時間に、オペレーターは焦りを感じ始めたまらずアルバート・クルスコ司令に声をかけた。

「クルスコ司令、作戦開始時間まで・・・」
「えーい、分かっている。全軍に通達この艦<ロッサ>を旗艦とし、通信コードはC89001に設定。識別コードの再確認をしろと伝えろ!」
「はっ、了解致しました」

 アルバート・クルスコは、アルテミフ議長は一体何をしようとなさっているのだ?という疑問を胸に抱きつつも、議長のことだ何か深いお考えがあるのだろうと自分に言い聞かせ渋々命令を出した。

 0130――「エックス・コロン計画」に基づく作戦決行時間。不幸にも<ロッサ>の最初の餌食となったのは、<ロッサ>と並行していた同じ第7艦隊所属の巡洋艦であった。

「艦長・・・第7艦隊所属<ロッサ>が、本艦に照準を合わせています!」
「何!?どういうことだオペレーター?<ロッサ>にすぐに問いただせ!」
「はっ・・・え、<ロッサ>が本艦に向けて多数のミサイル及びビーム砲を発射!」
「何だと?至急迎撃態勢取れ!ビームバリアー展開!」
「艦長、ビームバリアー間に合いません!」
「ええい!」

 <ロッサ>から放たれたミサイルとビーム砲の内、ミサイル数発は迎撃に成功したが、多くのミサイルとビームの光線は次々と巡洋艦を直撃し艦艇を爆散させた。

 全く同じような光景が衛星軌道上の至るところで見られた。突如として、太陽系連邦軍と外宇宙連合軍の艦艇が同じ軍によって攻撃を受け、反撃をする間もなく撃沈、或いは大破した。その情報はすぐさま地球にある両軍による合同司令部へと伝えられた。


同日 地球 ガイア・シティ 合同司令部
 
「どういうことだ?誰が攻撃してきたのだ?何?友軍が突如攻撃してきただと?」

 アルテミフを地球に帰還させるのを防ぐ為に取られた共同防衛作戦。その最高責任者である外宇宙連合軍ライトン・グリス将軍は、衛星軌道上で起こっている大混乱の原因を何としてでも突きとめようとしていた。しかし、入ってくる情報は「味方が突然撃ってきた」ばかりであった。

 ライトンは、最新情報を逐次報告をするようにと管制オペレーターに述べ、自室へと一旦戻ると、デスクにセットされた亜空間通信用端末を取りだし通信先のアドレスを押した。数秒後、ディスプレイはある男の姿を映し出した。

「どうしたのだね?将軍」
「大統領・・・奴らに先を越されました」
「なんだとっ!?」

 外宇宙連合大統領カエサー・マティバルの拳が机を強く叩きつけたことにより、ディスプレイが一瞬震えた。

「なぜすぐに反撃をしないのかね?」
「それが、我が軍は太陽系連邦による攻撃は一切受けてないよう模様なのです」
「それは、どういうことだね将軍?」
「・・・言い難いことですが、我が軍内にも文明回帰主義者が潜り込んでいたかと」

 カエサーの顔がさらに怒りに満ちた表情へと変わっていくのが、ライトンには手に取るように分かった。ライトンにとって、幸運だったのは相手が数十光年も離れた先にいたことだった。もし、同じ部屋にいたら何か物を投げられてもおかしくない状況だ。

「このような事態は容易に推測できたはずだ。それに将軍、あれだけ身元調査を徹底しろと命じたはずだぞ?」
「はっ、我々は公安と協力し最大限の調査をしたのですが・・・」
「しかし、結果は今回の事態ということか・・・」
「申し訳ございません」

 カエサーは、ため息をつき目を閉じた。沈黙の時間が数分続き、カエサーが何かを決心したように話し始めた。

「文明回帰主義者たちは、太陽系連邦軍も攻撃しておるのかね?」
「はっ、太陽系連邦軍も味方により攻撃を受けているという報告を受けております」
「ここで、我が軍が文明回帰主義者もろとも太陽系連邦軍を攻撃すると、どのような事態が見込まれるかね?将軍」
「現在行われている停戦及び和平会議は白紙となってしまう可能性が大きいかと・・・」
「それだけは避けねばならん。我が軍が地球圏に留まる理由がなくなってしまう・・・全軍に通達しろ。攻撃を仕掛けてきた自軍内の反逆者のみに反撃を許すと、但し太陽系連邦軍には一切手を出すな・・・そして、排除が終わり次第撤退しろとな」
「しかし、それでは奴を・・・アルテミフを地球へ帰還させてし・・・」
「分かっておる。しかし、今あの規模の艦隊をすべて失う時ではない。今回は、アルテミフの方が一枚上手だったということだ」
「しかし・・・」
「将軍、地球圏を一挙に掌握するには、我々が地球圏に留まる理由が必要なのだ。そして、タイミングも重要だ。君も、第三次地球圏戦争を知っているだろう?」
「はい。我が軍が地球圏攻略に向けた艦隊群が、太陽系連邦軍に全滅させられた戦いです」
「時期を見誤り、地球圏を掌握しようとした結果だ。我々はその過ちを繰り返してはいけない。一度撤退したとしても、太陽系連邦との共同作戦は実施できる。アルテミフが地球に戻ったとしてもな・・・」
「どういうことです?アルテミフが地球に戻ってしまえば、また彼の独裁が復活するのでは?もしや大統領、ソレル王国との交渉が上手くいったのですね?」
 ライトンの問いに、カエサーは笑みを少し浮かべながら静かにと頷いた。月面都市群によって構成されるソレル王国と友好関係を構築できれば、もう地球は丸裸になったも同然だった。ソレル王国は、公には「中立」を宣言しているが、太陽系連邦と蜜月な関係にあることは周知の事実であった。ソレル王国と太陽系連邦とは軍事的な協力も行っており、両者は軍事施設などを共同利用していた。複数存在する月面基地は太陽系連邦にとって安全保障上極めて重要な戦略的意味を持っている。しかし、その要をソレル王国と外宇宙連合が友好関係を結ぶことによって無力化出来ることになったのだ。

「今回はアトロポス部隊にもアルテミフ追撃任務を一時中止し、自軍の反逆者排除をサポートするようにと伝えろ」
「了解致しました」

 カエサー大統領の意図をやっと飲み込めたライトンは、『Communication End』というディスプレイの文字を眺めた。
――これから忙しくなるな・・・
 ライトンは2度ほど深呼吸をし自らの戦場である司令室へと戻っていった。


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