BEYOND THE TIME Episode 4-1:「システム」前編 |
P:0000 6月9日 地球圏 『エゼエル、まだ時は満ちていない。すぐに艦へ戻るのだ』 「これは、アルテミフ議長の声か?」 第7艦隊旗艦<ロッサ>のアルバート・クルスコ司令は、興奮のあまり艦長席から立ち上がりオペレーターに問いかけた。オペレーターも興奮気味な声で「はい、そうです」とアルバートに返答する。<ロッサ>だけでなく、他の艦船からの通信からもその興奮が聞き取れた。 『アルバート・クルスコ司令、御苦労であった』 優雅で重みのあるアルテミフの声が艦内に響く。 『はっ、よくぞご無事で』 ティフラ・アルテミフ議長の姿の映像が近距離通信によって親アルテミフ派各艦に配信されると、再び艦の到る所から大きな歓声が上がる。その歓声が静まる前に、映像はアルテミフ議長の横に立っている男、<アポリカプス>艦長ロンド・ジュネン少将に変わった。 『クルスコ司令、全軍にコード901の発動を伝えろ。一時撤退する』 『はっ、了解致しました』 ※ 「撤退の合図?・・・でも、逃がすわけにはいかない」 エルは、太陽系連邦、外宇宙連合両軍の中に潜り込んでいた親アルテミフ派の艦船から一斉に信号弾が発射され、MSの編隊が突如反転し艦船へと向かう姿を目で追いながらも、不気味な輝きを放つ光の粒を放出している<ターンA>に向けて、メガ粒子の光線を浴びせ続ける。が、ほとんどのメガ粒子ビームは回避されるか、命中するとしても虚しくビーム・バリアーに弾かれるのであった。 『エル大尉、なんだかヒゲのやつ動きが鈍くなっていませんか?』 『ええ、確かに現れた当初と比べると機動力が落ちてるわね」 セルヒオの指摘にエルは同意した。MSに直接ダメージを与えていないにも関わらず、機動力が落ちている――ということは、MSの機能不全か或いはパイロットに何らかの異変があったのか。エルは様々な可能性を推測しながら、何とかしてあの月光蝶システムが完全に展開する前に<ターンA>を破壊しなければと攻撃を強めた。 「エル大尉、月光蝶システムヲ使用シナイノデスカ?」 「当たり前でしょ。一度も使ったことない兵器を使うわけにはいかないわ」 「シカシ、月光蝶ニ対抗出来ルノハ月光蝶ノミデス」 「ええ、それはさっき聞いたわ・・・あなた、さっきこの兵器は再生と破壊両方の側面を持つと言ってたわよね?」 「ハイ、ソノ通リデス」 「そして、その制御方法は人の意志だとも?」 「ハイ」 「私の感覚が正しければ、あの機体に乗っているパイロットは混乱している。何に対してかは分らないけど、そんな混乱状態で制御できるほど大雑把なものなの?」 「ミス・エル・・・鋭イ指摘デスネ。タシカニ、コノ兵器ハ明確ナ意志ガナケレバ制御不可能デス」 「それなら、混乱している今があの機体を破壊するチャンスなのよ。一度も使用したことない、しかもこの一帯にいる全ての戦力を破壊出来てしまう兵器なんて使うわけにはいかないのよ」 「ミス・エルノ判断ニ任セマス」 『セルヒオ、クリス、攻勢を強めるわよ!』 『了解!』 『分りました!』 ※ 『エゼエル、命令が聞こえなかったのか?すぐに帰艦するのだ』 アルテミフの低く怒りを秘めた声がエゼエルに届く。 「ぐ・・・議長、この機体・・・一体何なんです!?」 『・・・カノジョが目覚めたのか?そうか・・・少し予定より早いな・・・』 「議長、説明してください!」 いくら待ってもエゼエルの問いにアルテミフからの回答は得られなかった。 「くそ、何なんだこれは!?」 エゼエルは、<ターンX>とその僚機による集中砲火を受けた際、今まで数多くの戦闘を経験してきたが、一度も感じたことのない未知の感覚――緊張、不安、混乱、迷い、恐怖――と格闘していた。全身コネクター化されているが故に、エゼエルが感じている様々な「感覚」は<ターンA>の動きを鈍らせていた。 全身コネクター化されたパイロットは通常、従来のように操縦桿を握ったり、フットペダルを踏むといった行為さえする必要がない。両手、両足、背中といった各箇所をナノマシンによって直接コクピットシートと接続し、どのように機体を動かしたいか「イメージ」するだけで、機体を思うがままに操作することが可能である。 しかし、思考がダイレクトに繋がるがゆえに、「感情」や「迷い」と言ったものは機体の機動、動作に支障を与えることとなる。その為、全身コネクター化を受けているパイロットは全員「感情制御装置」を脳内に埋め込んでいるのである。全身コネクター化を受けたパイロットは、云わばMSの「脳」になり、純粋に命令のみを実行する冷酷な「機械」と化すことであった。 生まれてすぐに全身コネクター手術を受けてから、戦闘中に感情制御システムをオフにしたことのないエゼエルに取ってみれば、この様々な感情はほとんど初めて感じるものであった。これまで「戦闘」という行為に対して、エゼエルは恐怖という感情さえも抱いたことはなく、一般人が生きていくために食事をしたり息を吸うことと同質の行為であった。 『うふふ、それが恐怖というものよ』 <ターンA>の意思が女性の声となってコクピット内にエゼエルを嘲笑うかのように響いた。 『相手のパイロット達は、その恐怖と戦いながら戦闘しているのにあなただけその恐怖を体験しないで戦うなんて卑怯だと思わない?』 「くっ、貴様これはお遊びじゃないんだぞ!」 『あらあら、キミじゃなくて貴様呼ばわりなんて。まぁいいわ、そんなことは百も承知よ。でも、人類の未来を懸けた戦いを「人間」でないあなたに任せるのはちょっと気が引けるのよね』 「なっ・・・貴様は機械だろう?機械の分際でっ・・・!」 『私たち機械に勝利した人間。だけど、まさか機械である私たちがあなた達の未来を決定付けることになるとはね。人間は本当バカなのか賢いのか分らないわね』 「何を言っている?」 『あら、あなたは知らないのかしら?人間と私たち機械との間に起きた大きな戦争を?』 一瞬、思考に直接「イメージ」が流れ込んだ。暗闇の中に輝く地球と月が見えた。しかし、そこには、あるはずのないもう一つの惑星の影があった。イメージが徐々に鮮明になると、惑星と思っていたものが多種多様な機械群の集合体であり、さらにそれを取り巻くように数多の小型機動兵器らしきものが見えた。 「一体何なんだ、これは?」 『うふふ、この映像を見るのはあなたで5人目かしら。人が忘れてしまった・・・・・・遠い遠い過去の争いよ』 エゼエルはアルテミフから昔、人類と機械との戦争があったと聞いたことがあった。しかし、それは今では一般的に「神話」「作り話」「おとぎ話」と考えられていた――エゼエルは、未知の感覚との格闘によって冷静な判断が出来ずにいた為、メインモニターに表示されていた月光蝶システムが作動していることを示す警報に今になってやっと気が付き絶句した。 「なっ・・・そんなことより、なぜ月光蝶システムが稼働している?オレは稼働させた覚えはない!」 『あらそうだっけ?あなたが不安や恐怖を強く感じたからその「意思」を読み取って起動したんじゃないの?』 <ターンA>の声の主、いや<ターンA>自身というべきか、その意思が再びニヤリとした感覚をエゼエルは感じた。小さく舌打ちしながら、エゼエルはアルテミフを救出した際に月光蝶を操作した手順で月光蝶の展開を止めようとした。が、無情にもそのコマンドは受け付けられないというエラー表示がディスプレイに表示されるだけであった。すると、やれやれといった<ターンA>のため息がコクピットに響いた。 『月光蝶は意思の力でコントロールする兵器よ。前回あなたが使った操作手順はもう使用できないわよ』 「何!?」 『だって、月光蝶を最大限に展開するにはその操作手順じゃ無理だからよ。だから、私が変更しておいたわ』 「勝手なことを・・・ぐっ」 エゼエルは<ターンA>と会話し、そして初めて体験する感覚に襲われているにも関わらず3機の攻撃を回避し続けていたが、先ほどから一気に攻勢が強まりビーム・バリアーにメガ粒子が衝突する量が一気に増加していた。ビーム・バリアーの許容値を示すゲージが一気に赤くなる。ビーム・バリアーが一度許容値を超えるビームを浴び消滅すれば、再び展開するにはエネルギー充填期間が必要となる。現代のMS戦は一度でも相手のビーム・バリアーを無効化すれば勝敗は決まったも同然であった。特に1対3、そして3機の内の1機はあの<ターンX>という状況ではエゼエルは圧倒的に不利であった。ある意味、これだけ持ち堪えれたのはエゼエルの飛び抜けた操縦技術の賜物であった。 ビーム・バリアーが無効化されたことを示す、けたたましい警告音が鳴り響く――殺られる――エゼエルは現実味を帯びた死の恐怖を体験し観念し目を閉じた。しかし、何も起こらなかった。これが死というものなのか?だとすれば、案外あっけないものだな、とエゼエルは思考を巡らせていたが、<ターンA>の耳に障る甲高い笑い声が自分が死んでいないということを悟らせた。 「何が起こったんだ・・・・・?」 つい先ほどまであれだけの攻撃をしかけていた3機の姿はもう機体周辺にはおらず、遠くにその3機のものと思われるスラスターの光が見えるだけであった。すぐに、エゼエルはコンピューターをチェックすると、外宇宙連合軍も撤退信号を出したことが分かった。 「助かったのか、オレは・・・」 安心をしたのか、エゼエルはぐったりと無重力に身を任せた。エゼエルの意思を読み取ったかのように月光蝶の光が消えていき、静かに月光蝶システムは停止した。エゼエルは、意思によって操作するという<ターンA>の言葉が少しだけだが理解できたような気がした。 『どうだった?初めての人間らしい戦闘は?』 「・・・・・・最悪だ」 『うふふ、良い答えね』 エゼエルは、いまだ拭えきれない「死」の感覚を感じながらも、アルテミフが自分の帰還を待つ<アポカリプス>へと機体を向かわせた。 Episode 4-2:「システム」後編へ続く |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||