BEYOND THE TIME Episode 4-2:「システム」後編

P:0000 6月10日 戦闘艦<アポカリプス>艦内


「少しは落ち着きましたか?エゼエル少佐」
 ふわりと甘い香りがエゼエルの鼻腔をくすぐった。パイロットの休憩室の椅子に腰かけていたエゼエルは、声の主を確かめようと閉じていた瞳を開けると――部屋の照明でキラキラと輝く銀色の髪がまず目に入り、次にその端正な顔立ちが目に入った。素直に綺麗だと感じ思わず口に出してしまいそうなのを堪え、エゼエルは彼女、リリー・アースフィールド准尉がなぜ「シルバー」という名で呼ばれているのかを一人納得していた。

「・・・・・・えっと」
 不意にリリーの頬が紅く染まるのが見えた。エゼエルは、不思議に思いながらもリリーの次の言葉を待った。
「あの少佐・・・・・・そ、そんなに見つめないでください」
 何を言っているのか、と問う前にエゼエルは自分が一言も発さずにずっと彼女に見惚れていたという事実を、彼女の言葉を分析し判断するに至った。途端に、やっと落ち着いてた未知の感覚、いわゆる「感情」的なもの――恥ずかしさ――が再びエゼエルを襲った。自分でも、こんな人間的な部分が残っていたのかと再度冷静に分析しながらも、一方では自分の顔に熱が帯びるのを感じた。
「す、すまない。あまりにも准尉が綺麗だったもので・・・・・・」
 咄嗟に出てきた声は、緊張のせいかやや上ずっており自分の声と認識するのに間が必要であった。さらに先ほど考えていた言葉を発してしまったと理解した時には、リリーの顔は先ほどとは比べられないほどに紅くなっていた。
 自分が咄嗟に放った言葉を後悔しつつ、なぜ全身機械化手術を受けても身体が人間的な反応をしてしまうのかを呪った。それは、全身機械化手術を受けた人に「人間」的な部分をあえて残すことによって、人間の精神的な拒絶反応を防ぎ安定させることが理由の一つだが、そんなことは今のエゼエルには関係のないことであった。

 二人の間に漂う気まずい沈黙を破ったのは、タイミングよく部屋へ入ってきたビル・ウィッシュ軍曹だった。
「少佐、あの『姉ちゃん』はおもしろいですね、いや実に興味深い・・・・・・ん?」
 ビルはぎこちない二人の様子を見て、何が起きたのかを瞬時に理解したのか、にやにやと笑みを浮かべながらあごヒゲをさすった。
「少佐、オレもしかしてお邪魔だったかな?」
「ビ、ビル、別にお邪魔なんかじゃないわよ!」
 リリーの素早い返事にビルは一層口元を緩ました。
「まぁ、仕様がないよな〜、憧れの王子様と二人きりなんて状況初めてだっただろうしな〜」
「なっ・・・・・!!」
「おおー怖い怖い」
 リリーは絶句し一瞬体を凍らせたが、すぐにビルを思いっきり睨みつけた。その様子をエゼエルは見ていたが、今いち「王子様」が誰を指しているのかはっきりと理解できずにいたが、ビル軍曹がこの変な空気を取り去ってくれたことにほっと胸をなでおろした。

「ところで、ビル軍曹、『姉ちゃん』というのは<ターンA>のAIのことか?」
 突然話を変えられたことに少しつまらなさそうな顔をビルは一瞬見せたが、睨み続けているリリーを尻目に、すぐに軍人らしい顔つきでエゼエルに向きあった。
「ええ、そうです」
「軍曹にも何か話したか?」
「もう少佐のあんなことや、こんなことも・・・・・・」
「えっ!?」
 リリーが突然大きな声を上げたので、エゼエルはリリーの顔を注視してしまった。すると、リリーは再び頬をぽっと紅めながら会話を邪魔したのを申し訳なさそうに椅子に腰を下した。

「それで軍曹、本当はどんなことを<ターンA>と話したんだ?」
「そうですね〜。実は少佐のことも本当に話したんですよ」
「何?」
「いや、あの『姉ちゃん』どうやら少佐のことをかなり気に入ってるらしくてですね。少佐の出身やら、家族構成とかいろいろなデータを要求してきてですね・・・・・・」
「それで軍曹は、そのデータを<ターンA>に渡したのか?」
「それはもちろん!と言いたい所なんですが、少佐の個人情報は極秘扱いでプロテクトが厳しくて、さすがに『電子頭脳』を持つ私でもセキュリティの突破は面倒だったので・・・こうして、少佐に直接会って尋ねようと探してたんですよ・・・そうしたら、まさかリリー准尉とこんなことに・・・」
「ビルっ〜!」

 先ほどとは違う意味で顔を真っ赤にしたリリーの怒鳴り声が休憩室に木霊した。あまりのリリーの気迫溢れる姿に、さすがのビルもからかい過ぎたかと顔を引きつらせつつ数歩後ずさりした。そんな二人のやり取りを横目に、エゼエルは休憩室から出ようとしていた。慌てて、ビルはエゼエルに声をかける。

「しょ、少佐、どこに行かれるんです?」
「<ターンA>に会いに行く。色々とこちらからも聞きたいことがある」
「だったら、私も一緒に行きますよ!そのために、少佐を探していたんですから」

 「そうか」とだけ言い、エゼエルは休憩室を出て行った。睨み続けるリリーから逃げるように、ビルはエゼエルの後を追って行った。

同時刻 外宇宙連合 巡洋艦<ブルーリッジ>

「こんなの納得できるかよ!」
 ドンと壁を叩く音と共に、セルヒオ・クロダの怒鳴り声がブリーフィングルームからすぐに出た通路内に響く。何事だと振り向く、艦内のクルーが数人いたが、事態をある程度知っていたのかすぐに持ち場へと戻っていった。

「おいおい、子供じゃあるまいし。落ちつけよ、セルヒオ」
 クリス・ウェアリングは、壁に八つ当たりを続けるセルヒオに近付きたしなめた。
「落ち着いていられるかよ!クリス、お前は頭に来ないのか!?あと少しであの<ヒゲ>を落とせたのに、何が『撃墜は認めない』だよ?おかしいだろ・・・司令は一体何を・・・」
「上からの命令は絶対よ。セルヒオ少尉、前の部隊ではそんなことも習わなかったのかしら?」
 プラチナブロンドの髪をなびかせながら、無重力の通路をこちらに向かってくるエル大尉の突然の登場にセルヒオとクリスは驚きの表情を浮かべるが、すぐに敬礼をした。答礼し、セルヒオとクリスの前に着地すると、エルはちらりとセルヒオが先ほどまで殴り少し凹んだ壁を見て、「ふぅ」とため息をついた。

「セルヒオ少尉・・・・・・」
「は・・・はい」
 エル大尉の声が、いつもより低かったことに何か嫌な予感がし、セルヒオは声が裏返ってしまった。長い沈黙のあとに、不意にエルが笑顔になった。その表情は、エル大尉と最初の出会いで整備兵と間違えた時に見た「笑顔」に酷似していた。セルヒオは、嫌な予感が正しかったことをすぐに知ることとなった。笑顔のままエル大尉は、セルヒオに電子ペーパーを手渡し一言も発さずに、通路のリフトグリップを握りMSデッキへと消えて行った。

「げっ・・・」

電子ペーパーに目を落とすと、そこには凹ませた壁の修理代の費用をセルヒオの給料から差し引くという旨が書かれていた。

「はぁ」とため息をつきがっくりと肩を落としたセルヒオの肩に、クリスは手を置き静かに頷き同情した。


 エルは、MSデッキへと向かう途中に何度目か分からないため息を付いていた。セルヒオが壁に八つ当たりしたい気持ちは痛いほど分かっていた。あの<ターンA>を、あと一撃で仕留めることができるといった瞬間に、執拗に「即時撤退」と「即時攻撃中止」の命令をコクピットで受信していた。最後には、名指しで<ターンA>の撃墜は「許可できない」と命令が下ったのであった。あまりにも不自然な指令に、エルも怒りや困惑といった様々な感情が交差していた。
 そして、何よりもエルを悩ませていたのは、トリガーを引いたはずにも関わらず、メガ粒子が<ターンA>に発射されなかった――<ターンX>の「意志」があたかもそれを拒絶したように――ことであった。

(<ターンX>、あなたは一体何がしたいの?「彼」の性能と目的を把握しておかないとね・・・)

 エルは、リフトグリップを握る手に力を入れて通路を流れる速度を早め、<ターンX>の真意を確かめるべくMSデッキへと急いだ。


Episode 5:「交差する思惑」へ続く
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