Ultimate Justice
第2話〜宇宙へ〜

EP0044年4月5日 URES首都サッポロ

 リナ・ジュミリン大統領暗殺未遂及び誘拐事件が発生して、既に4時間が経とうとしていた。URESの首都中心部に存在する100階建ての高層ビル「地球圏連合共和国議会」。その玄関の前には、数百人のマスコミ関係者と市民数千人でごった返していた。

「リナ大統領の身の安全は?」
「犯人の目的は一体なんですか?」
「もう4時間も経っているのに、何故URES軍は犯人の居場所を特定できないんですか?」

 各放送局のアナウンサーらしき人物が、記者会見場の案内をしに出て来た公報担当の人間を質問責めにした。

「ちょっと、皆さん落ち着いてください。今から、議会ビルの25階の103号会議室で、URES副大統領、軍最高司令官による記者会見が開かれますので、質問はそこでなさってください。あと押さないでください、席は充分にありますので」

 必死に公報官は叫び、何とかこの怒りに満ちた群衆をなだめようと、四苦八苦していた。

「大変だな、公報官も・・・」

 玄関付近を映し出しているモニターを見つめながら、一人の長身の男が豪華な椅子に腰掛け呟いた。長身の男は、行方不明であるURES大統領リナ・ジュミリンの次に権力を握る人物――マックス・イナダ、URES副大統領であった。

 イナダの呟きを聞いたのか、軍服を着た70歳位の老人が横目で皮肉っぽく口を開いた。

「彼を大変にさせているのは、君のせいだろう、イナダ・・・」

 イナダは腰掛けを回転させ、にやりと笑みを浮かべてその老人の顔を見た。

「確かにそうです。しかし、やっとあの生意気な小娘をあの座から引きずり下ろす事が出来きたのです。この瞬間を、何年待ったことか・・・」

 老人と自分しかこの部屋にいないから、このようなことを口に出せる。もし、この言葉がマスコミの耳に入れば自分や現URES政権、いやURESそのものが大きな混乱に包まれることは容易に予測できる。

「もう30年経つか・・・長かったなイナダ」

 老人は、30年という年月を懐かしむような口調で答えた。

「はい、やっと奴等をひねりつぶす力を手に入れることが出来ました」
「そうだな。宇宙人に対抗する能力をやっと持ったということだな」
「そうです。グリーン将軍」
 
 シール・グリーン将軍――URES軍の最高司令官。彼は、常にサングラスをかけた人物として知られていた。兵士の中では、彼は血のように赤い目を隠すためにしているという噂もあるほど、その素顔は謎に包まれていた。

 ドアからノックの音が聞こえた。実際にドアをノックしているのではなく、イナダの趣味で、訪問を知らせる電子音の代わりにノックしている音が鳴るように設定されているのである。

「入れ」
上品な礼をしながら、見なれた秘書官が入ってきた。
「失礼します。もうすぐ記者会見の準備が整いますので、10分以内には103号会議室へお願いします」
「分かった」

 秘書官が出ていくのを目で追いながら、グリーンは言った。

「時代は変わる・・・イナダ、我々の正義を見せようではないか」

 その言葉に、ゆっくりとそして力強くイナダは頷いた。
 
                     
EP0044年4月5日 太平洋上

 太陽が沈む。その度に空は綺麗な赤に染まる。毎日当たり前に、地球の至る所で繰り返される光景。

(夕日がこんなに綺麗だって、写真では見たことあっても、コロニーにいた時創造も出来なかったよ・・・)

 ミカは、コクピットのシートの上で体操座りをしながら、夕日が沈むのをじっと見つめていた。彼女は、コロニー生まれであり、軍への入隊が決まって初めて地球に降りる許可が下った。彼女は、今でも地球に降りて最初に見た夕日を鮮明に頭の中で再現することが出来た。

 彼女が生まれ育ったコロニーでは、コロニー側面についている翼のような巨大な鏡が、朝、昼、夜と徐々に太陽光を入れる量を調節し、CGをコロニーの壁に射影し地球と同じような環境を模倣させていた。しかし、結局は人工的に作られたものであって、ミカは一度もそのような偽りの環境に心動かされたことはなかった。

 しかし、ミカが地球の夕日を見て感慨にふけることが出来る時間もそう長くはなかった。コクピットの全天周囲モニターに次々と映し出されるURES軍の情報が、せっかくの夕日の風景を台無しにしていったからである。

(これが、地球で見ることが出来る最後の夕日かもしれないって言うのに!)

「ミカ、どうしたんだ?気分でも悪いのか?」

 キムが声をかけてきた。いつも明るいミカからの返事がない。ミカと付き合い始めて早2年。返事がない、それはかなりご機嫌が斜めだという証拠だということをキムは承知していた。

「ミカも疲れてるんだ。そっとしておいてやれよ」

 クラストが、ミカに無視され肩を落としているキムにプライベート回線で伝えた。

 太平洋に出てから、リナ大統領の思惑通り、ティエラ共和国は「ぜひ逃亡の手伝いをさせて欲しい」と返事をくれた。
 そして、ティエラ共和国の提案で衛星軌道上で合流するため、ティエラ共和国の艦隊が、太平洋のあるポイントを指定したところまでは良かった。しかし、すぐに合流地点の変更の暗号文が送信され、南に向かっていた3機はUターンし、北へ向かってくれという支持に従った。ここまでは、まだ良かった。

 その1時間後に2回目の変更、そしてさらに1時間後、3回目の合流地点変更。さすがに苛立ちもするし、ストレスも溜る。特に大統領暗殺未遂と拉致の疑惑かけられた3人は、どこから現れるか分からない追手から逃れるために、少しでも早く地球の重力から離れたいと思っていた。

 ふとミカのコクピットの様子が表示されているウィンドウを見ると、ミカはパイロットシートの上で体操座りをしたまま、寝てしまっているのにクラストは気付いた。彼女の黒い髪、そして黒い瞳。こう改めてみると、彼女は典型的なアジア系だなとクラストは思った。

「さっきも、そんな風に私の寝顔を見てたんですか?クラスト少尉?」

 突然、後ろから声をかけられたので驚き振り向くと、リナ大統領が自分に冷ややかな眼差しを向けているのが分かった。無意識の内に、前かがみになり、ぼぉーとディスプレイを通して、ミカを見つめていたのだろう。

「いやっ、これは・・・」
「おいっ、クラスト、今の俺も聞こえたぜ!リナちゃんの、寝顔を覗き見しただと!?階級が上のお前でもゆるせん!」

 明らかにキムは怒っている。声だけでも分かるのだが、ディスプレイ一杯に広がる表情が全てを語っていた。しかし、その怒りもリナ大統領の次の一言で、すぐに消えてしまった.。

「リナちゃん呼ばわりされる程、曹長と私は親しくありませんけど?」

 キムは相当なショックを受けたのか、キョロキョロ辺りを見まわし、クラストに対する怒りでシートから勢いで立ち上がっていた体を、静かに何事もなかったかのようにシートに沈ませた。

(この人は、本当にはっきりものを言うな・・・)

 クラストは、リナ大統領のストレートな性格に半ば呆れていた。

「冗談はこれくらいにしておいて・・・」
「冗談っ?」

 クラストとキムは、彼女の言葉に目が点になった。

「そうですよ。まさか、クラスト少尉もキム曹長も本気にしてたんですか?」
「えっ、まぁ・・・」

 その返事に、リナ大統領も驚きの表情を見せた。しかし、すぐにその表情は微笑みに変わる。

「そんなに私も意地悪じゃありませんよ。それに、寝顔なんて見られても減るものでもありませんし」

 クラストとキムは、大統領に嫌われてしまったと勘違いしていた自分が恥ずかしくなった。二人とも、大統領に完全に踊らされていたわけだ。

「ところで、クラスト少尉。合流地点までは後どれくらいかかりますか?」
「えっと、約5分です。そろそろ、ティエラ共和国の方の準備が完了しているのなら、暗号が送られてくるはずです」
「そうですか。なるべく早くドマスティー大統領に会って話さなければ・・・」

 クラストは、彼女がいつも大統領である時の鋭く目標を見つめる眼差しをしていることに気付いた。
 
 太平洋上を超低空でジグザグ飛行を続けるジェスIII3機に、予定通り暗号通信が衛星軌道上に展開するティエラ共和国の艦隊から送られてきた。

「これが、最後の通信だと俺は願うぜ」
「そうだな。これ以上変更されたら困るしな」

 クラストとキムが暗号通信を解読して会話をしていると、ぐっすりと眠りこけていたミカが起きた。

「ごめんごめん、いつの間にか寝ちゃってたみたい」

 とぼけた顔で、謝っている姿がディスプレイに映り出される。

「ミカ曹長、おはようございます」
「えっ、おはようございます。だ、大統領!」

 まさか、大統領から話し掛けられるなんて思っても見なかったので、ミカはあたふたしてしまった。リナ大統領は真剣な顔で口を開いた。

「皆さんの協力なしには、私はここまで来ることは出来なかったと思います。皆さんには本当に感謝しています」

 突然の感謝の意を大統領に示され、3人はどう反応して良いのか分からなからず、敬礼を返した。ただ、3人の中で「この人をここで死なせてはいけない」という気持ちが強くなったのは確かだった。

 予定通り、ティエラ共和国からの暗号通信が入り、このポイントの軌道上で合流することになった。

 最新鋭MSであるジェスIIIは、特別なブースターも必要とせず大気圏離脱可能な能力を備えている。その性能が発揮されようとしていた。

「よし、大気圏離脱システムをONに」
「了解」
「ビーム・バリアーを展開、カウントダウン開始」

 ブーンという、ビーム・バリアーが展開する時に立てる、独特な音がコクピット内に響き渡る。

『自動カウントダウン開始します。10、9、8、・・・』

 3機同時に機械音声が、まるでハーモニーのように流れ始めた。

 クラストは、MSパイロットとして大気圏離脱突入は何度か訓練したが、それでも緊張する。それは、地球という重力に引かれる、いや「惹かれる」感覚を体感する一番の瞬間だからなのかもしれない。

「ドライブユニット、出力調整、オールグリーン。バード2、3は?」
「オールグリーンよ」
「こっちもオールグリーンだ」

 前方のディスプレイの数字が着々と減っていく。

『2、1、0・・・大気圏離脱プログラム始動します』

 3機のジェスIIIは、上空へ向かって重力を切り裂くかのように飛び立っていった。

 ぐんぐんと空を駆け上って行く。リナ大統領は、MSパイロットではないので、さすがにこのGに、少し悲痛な表情を浮かべているのがディスプレイに映し出されている。クラストの視線を、ディスプレイを通じて察したのか、リナ大統領は「大丈夫です」と微笑みでクラストの心配を振り払った。


ビービ―ビー

 警告音が、コクピットに鳴り響く。これは、パイロットが一番嫌悪感を感じる音だった。何故なら、この警告音は敵機に狙われている事実を述べているからである。クラストは舌打ちをした。

「何でこうタイミング悪い時にしかけてくるんだよ?何でレーダーで補足出来なかった?」
「そんなこと言ったって、ジェスIIIのステルスタイプだからよ」ミカが怒ったようにクラストに言い返した。

「さすがにミカの索敵機能が強化されたジェスIIIでも、補足は無理ってことかよ」キムも続いて嘆くように話に割って入った。

 4機のジェスIIIが放ったらしきメガ粒子の塊が、近くの大気を容赦なく焼く。3機は、大気圏離脱プログラムの自動操縦に入っているため、回避運動さえままならない。出来ることと言えば、バックパックに装備されている、5発の小型ミサイルを放出するぐらいだ。しかし、この高速度で上昇している最中に発射しても、ミサイルが上手く当たらないことは目に見えている。

「ここで、反転して敵機を相手するわけにもいかない。もう大気圏離脱プログラムは作動している!」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ、クラスト?」
「今すぐ解除しちゃえば、もう一回くらい離脱出来るくらいのエネルギーは残るはずよ」
「だが、軌道上で待機している艦隊とは落ち合えなくなる」

 クラストの一言は、2人を沈黙させるに充分だった。

 照準を修正してきたのか、クラストの操るジェスIIIの肩の装甲を、敵機のビームライフルのビームがかすめる。少しでも、追撃する敵機を妨害するために、5発のミサイルをバックパックから発射する。白い尾を引きながら、5発のミサイルはステルスタイプのMS4機に向かうが、あっけなくその1機が放ったアンチ・ミサイルの爆発によって、5発とも破壊されてしまう。またクラストは舌打ちをした。

(くっ、こんなとこでやられちまうのかよ?)

「クラスト、もう解除して撃破するしかないんじゃない?」
「そうだぜ、今回宇宙に行けなくても、またチャンスが・・・」

 その時であった。突如、3機の周りにビームの雨が降り注いだ。それは、先ほどまでのビームとは感じが違った。クラストにはそう感じられた。しかも、ビームは地上の方向からではなく、天から降り注いだのである。

 ミカとキムは、この近付くビームを避けようと離脱プログラムを解除しようとしていた。それに気がついたクラストはとっさに叫んでいた。

「解除するな。このビームに敵意は感じられない!」

 自分でも、何を言っているのか理解不能だった。しかし、自分の直感がそう感じ取ったのであった。敵意はないと。

 その言葉通り、光の束は急上昇し追尾を試みていた4機のジェスIIIに降り注いだ。4機とも、即座にビームシールドで防御態勢をとるが、艦艇クラスのビームをMSのビームシールドが防ぎきれるはずもなく、4機とも爆光に呑まれレーダーから反応が消えた。

 次の瞬間、青空が一気に視界から遠ざかり、前には暗黒の闇が広がった。

「宇宙だ・・・」クラストは呟いた。

「見て!ティエラ共和国の艦隊よ」
 
 ミカが、クラストとキムの機体にもティエラ共和国艦隊の位置データを転送した。

「2機のMSが接近してくるわ」
「また敵さんかよ?」

 キムが、そう不満そうに呟いた。

「こちら、ティエラ第3機動艦隊所属第1MS部隊隊長ジョイス・ミラー少佐です」

 女性パイロットが敬礼している姿が、ディスプレイのウィンドウに現れる。女性と分かったのは、送られてきた彼女のプロフィールからであった。クラストも敬礼を返す。

「こちら、URES大統領護衛隊クラスト・ミリング少尉だ。大統領をお連れした」
「了解しました。ドマスティー大統領がお待ちです。ご案内するので、私の機体に付いて来てください」
「こちらも了解した」

「ふぅ、本当にこの人たち犯人じゃないの?」

 ジョイス・ミラーが、プライベート回線で自分と一緒に迎えに出ていたキール・クレーシー大尉に疑い深く聞いた。

「ドマスティー大統領が、犯人じゃないとおっしゃるので、僕は犯人じゃないと思いますよ」
「そうかなー。大統領だって人間でしょ、間違いってこともあるじゃない」
「そりゃあ、そうですが・・・」

 2機の赤いティエラの機体は、3機を挟むように前後についた

「おい、この2機ってガンダムじゃないのか?」

 キムが叫んだ。MS好きのクラストは、最初から気付いていたがあえて口に出していなかった。

「そうよ。URES軍のデータに載ってたわ。この2本の角と目が全てを語ってるわね」

 ガンダム―――宇宙世紀の最初の戦争である、一年戦争以来多くの「ガンダム」と呼ばれるMSが誕生し、消えていった。EP初頭には、URESはガンダムタイプMSを開発をしていた。しかし、EP0015年の「ニュータイプの存在を否定」してからは、そのニュータイプに関わる研究は全て廃棄されている。その後、ガンダムという名は、URESにとってタブー視され、過去の資料からもその名前を消去するというほど徹底していた。

(曲線を主体としたデザイン、バックパックに装備されているのは、ファンネルと呼ばれるサイコミュ兵器だろうか、数は6か・・・。ミノフスキードライブを4基搭載・・・・)
 
 クラストは、いつの間に自分たちを誘導してくれている赤いMSの性能を分析していた。クラスト自身は、ニュータイプの存在をどちらかというと信じていた。それは、彼がコロニーのスクールに通ったことに深く関係している。地球では、徹底的な情報操作がされており、ニュータイプという言葉さえ教科書に出てこない。例えば、一年戦争で活躍したアムロ・レイ。彼の説明文も「驚異的なMSパイロットとしての適応能力を発揮し・・・」となっており、ニュータイプという言葉は一言も出ていなかった。

 もし、一度も宇宙に出ず地球で育ったならば、ニュータイプの存在を知ることはないはずなのだが、やはり情報化された社会での情報操作は困難を極めており、地球に住む多くの人がニュータイプという存在の噂は聞いた事があった。

そうこうしている内に、クラストたちの視界一杯に巨大な艦艇が広がった。

「なんてでかさだ」

 このキムの一言が、全てを物語っている。彼等がみたのは、全長8キロのソル級巨大戦艦「ムンド」であった。恒星間の移動能力も備えている外惑星連邦のソル級を、1隻ティエラ共和国が買い取ったものだ。この戦艦は、ティエラ共和国の軍の移動司令部としても機能している。

 その巨大な戦艦に吸いこまれる錯覚に陥りながら、MSデッキらしき所へ着艦した。リナ大統領が、先にコクピットから降りた、というより重力がないので飛んでいったといった方が正しいだろう。彼女は、巧みにMSデッキで待っていたティエラ共和国大統領リュウ・ドマスティーの前に着地した。

「お久しぶりです。ドマスティー大統領」
「こちらこそ、お久しぶりですリナ大統領。今回は、とんだ災難でしたね。よくぞ、無事にここまで辿りつくことができて何よりです」
「いえ、彼等のおかげです」

 ちらりと、リナ大統領は久しぶりの無重力に戸惑い上手く動けない3人に目を向けた。

「彼等、本当に犯人ではないんですね?」

 ドマスティー大統領は、小声で彼女の耳の近くでささやいた。

「大丈夫です。彼らは本当に犯人じゃありませんよ」
「そうですか。あなたがおっしゃるのなら、もう疑いようがありません。さぁ、早く中へ参りましょう」

 リナ大統領と、ドマスティー大統領が護衛と一緒に、MSデッキから出て行くのが見えた。クラストたちは、その後を追おうとしたが、2人の人物に行く手を阻まれた。

「あなた達はこっちよ」

 ノーマルスーツを着ているので、誰だか分からなかったが、声から判断すれば赤いガンダムに乗っていた女性パイロット。もう一人は、自分たちの機体の後方に展開していたパイロットであろう。彼女らにまた誘導されるままに、クラストたちはMSデッキを後にした。

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あとがき
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