Ultimate Justice 第16話 〜日没〜
1. wall

EP0044年6月20日 地球圏衛星軌道上

 月面都市「ガリレオ」の消滅、第1防衛ラインの崩壊、そして、ヨシュア・ライネルの死。その事実は、特に外惑星連邦軍の兵士を中心に、多くの不安と悲しみをもたらした。

 第1防衛ラインから撤退後、同盟軍の残存勢力は、最終防衛ラインである地球衛星軌道上にて修理と補給を受けていた。もし、デス・ロックスにすぐ攻めこまれていたのなら、最終防衛ラインと言えども、半日もせずに崩壊していただろう。しかし、デス・ロックスは再び足を止めすぐに攻めては来なかった。それは、新しく発足した月面都市連合、そして、コロニーを味方に付ける為にデス・ロックス主催の会談を開いたからであった。

 会談の結果、地球圏の全コロニーは月面都市と同じように、URESから一方的に独立を宣言した。それは、URES、外惑星連邦、ティエラ共和国の同盟軍は、外惑星圏と月面の産業地帯を失っただけでなく、コロニーからの補給物資も受ける事さえ出来ないことを意味していた。

 しかし、この2日間で同盟軍はデス・ロックスが予想していた以上に修理と補給を行うことが出来た。その理由は、地球の赤道上に設置された高さ4万キロ以上にもなる巨大な塔「軌道エレベーター」、そして、常に低軌道上で回転する全長8千5百キロの振り子状の構造物である2基の「スカイフック」である。

 「軌道エレベーター」と「スカイフック」は、太陽系連邦時代末期、大規模な予算を投じて建造されたものである。特に、「軌道エレベーター」は、太陽系連邦の繁栄の象徴となるはずだった。しかし、太陽系連邦は崩壊。その遺産を、URESが受け継ぎ半世紀に渡り整備を怠らなかった結果、今日の同盟軍に役に立ったのであった。

 「軌道エレベーター」は、総合司令部が設置されている地球軌道ステーション「ジュダ」と同型の「ペドロ」へと繋がっており、「軌道エレベータ」自身が持つ巨大なペイロードによって、短時間の内に大規模な物資の輸送を可能とした。そして、多くの輸送機は、スカイフックを使うことにより、最小限のエネルギーで大気圏を脱出可能とし、輸送任務を容易にしたのであった。それが、短時間における修理と補給を可能とした。


同時刻 地球軌道ステーション 「ジュダ」 第23休憩ラウンジ 


 リナは、軌道ステーション「ジュダ」の休憩ラウンジに一人でいた。そこにある巨大スクリーン・ウィンドウから、今も大きな荷物を抱えて軌道エレベーターの柱を昇って行くペイロードを、ぼんやりと眺めていた時に、不意に後ろから声をかけられた。

「リナ」

 久しぶりに聞く、優しい声だった。振り向くと、そこにはURES軍の制服に身を包んだクラスト・ミリングの姿があった。大統領暗殺未遂及び拉致容疑者、反逆者、お尋ね者であったクラスト・ミリングは、やっと、数日前に特例によってURES軍への復帰が認められたのであった。

 クラストは、リナの前にある椅子に腰掛けた。クラストは、笑顔でリナに接するが、その笑顔が偽りのものだということは、すぐにリナは見透かし、眉をひそめながら思いきって聞いた。

「クラスト、何か・・・あったの?」

 クラストは、もう自分の心は見抜かれていると理解したのか、溜息をつき顔からは笑顔が消え、真剣な表情で語り始めた。

「・・・3日前の戦いで、キースが死んだ」

 突然の言葉に、リナはどう反応していいのか分からなかった。リナ自身、あまりキースと接した事はなかったが、URESから逃亡した自分たちを、ジョイスと共に家族のように受け入れてくれたのは覚えている。

 クラストは、リナに顔を上げず、ただ地面を見て再び口を開いた。

「それだけじゃないんだ。実は、1ヶ月ほど前、3人の強化人間が俺の部下となったんだ。最初は、俺も戸惑った。どう接しても、返ってくるのは無機質な従順な反応。そこで、何とか俺の部下3人だけは感情抑制装置っていうやつをはずしてもらうことにしたんだ・・・」

 リナは、前にクラストが見せてくれた3人の写真、ピエテロ、グレイ、ホセの顔を思い出した。

「・・・そうすると、3人は子供のようにすごい早さで、色々と吸収したよ。いつ怒るとか、いつ泣くとか、どんな時に笑うとかさ。・・・人間が持ってる当たり前のことが、やっと分かるようになって、3人とも個性が芽生えてきて、そのことが本当に嬉しかった」

 クラストは、今にもぼろぼろと泣きだそうだった。それを見兼ねたリナは、クラストの横に座り、両手で彼の手を握り、何度もうんうんと頷いた。リナは、クラストの気持ちが、自分の中に流れ込むように感じたからだ。

「彼ら3人の無邪気な姿を見てたら、何で同じ人間なのに、こんなバカみたいに戦ってるんだろうって。そして、彼らと同じように人工的に造られた命が人間としではなく、道具として利用されて・・・あの3人が、同じ造られた仲間たちが、道具としてではなくて、一人の人間として生きていける。そんな世界が、この戦争の後には来るって信じて戦ってきた。でも・・・。3日前の戦いで、3人は俺とジョイスが逃げる時間を作ってくれた。俺は、3人に感謝しようとMSデッキで待っていたけれど・・・いつまで経っても、3人は帰ってこなかった」

 クラストの目からは、次々と涙が溢れ出していた。それに誘発されるように、リナの頬にも雫がつたっていた。リナは、慰めるようにクラストを抱きしめた。

「俺は、キムもミカも、キースも守れなかった。そして、ホセ、グレイ、ピエテロの3人も・・・・・・」

 ルーン・リーとフィリップ・ヘインズの2人は、ちょうどブリーフィング・ルームを出て、一服しようと休憩ラウンジに向かう途中だった。いざ休憩ラウンジに着いてみると、リナとクラストが抱き合っている光景を目の当りにし、慌てて通路に身を隠したのであった。
 
 リナとクラストが、友達以上の関係であるということは、同盟軍内では誰もが知っていた。邪魔しては悪いと思い、通りすぎるタイミングを計っていた時に、フィリップはある言葉を耳にした。

「リナ、俺は君を守れないかもしれない」

 その言葉に、フィリップは憤りを感じた。自分は、4年前に兄を失った。もし、あのようなことが起こると事前に分かっていたのなら、自分の命を投げ打ってでも、兄を守ったであろう。姉のような存在であるルーンが、兄と共に幸せな生活を送ることが出来たのなら。

 しかし、時を戻す方法はなく、ただその現実と自分の無力さを呪う事しか出来ない。まだ、決まってもいない未来を捨てようとしている。そんなクラストの言葉を聞き流す事は出来なかった。

「ふざけるなよ!」

 突然の来訪者に、クラストとリナは驚き身体を離した。フィリップは、クラストの襟元をつかみ、その体を持ちあげ巨大スクリーンに叩きつけた。クラストは、一瞬何が起こったのか分からなかった。しかし、痛みをこらえながら見上げると、前にいる人物がフィリップ・ヘインズ大尉だということが分かった。

「フリップ大尉!?」
「最初から、なに弱音吐いているんだ!」

 ルーンは、フィリップがまだ4歳の頃から知っているが、これほどまで怒った様子を今まで見たことがなかった。

「まだ、守れないと決まったわけじゃないだろ!お前が、噂されてたニュータイプという能力を持ってるのなら、それを全部使ってでも、守ればいいじゃないか!」

 URES軍では、赤いガンダムには、ニュータイプが乗っていると噂されていた。そして、外惑星連邦に捕まった時、フィリップはそのガンダムの1機にクラストが乗っていることを知ったのであった。

 クラストはフィリップに目を合わせようとせず、横をむいて力なく呟いた。

「ニュータイプ能力があっても・・・。それにも関わらず、俺は大切な人、誰一人として守れなかったんだ!」

 その無気力な態度にフィリップはさらに激怒し、再びクラストの襟元を掴み、無理やり立たせ、今度はクラストの頬に拳を放った。再度、クラストの体は巨大スクリーンに叩きつけられた。

「ニュータイプ能力?ふん、そんなものに頼るから、お前は誰一人守れないんだよ!自分の命を投げ出してでも守りぬくっていう姿勢がなってないんだよ!何だかんだ言って、今まで、お前は逃げてきたんだよ!」
「フィリップ!」

 ルーンが止めに入り、フィリップを無理やり押さえつけた。

「リナ補佐官、クラスト・ミリング少尉。御無礼をお許し下さい」
 
 ルーンは、無理やりフィリップの頭をつかみ礼をさせた。ルーンが敬礼をして見せると、フィリップも渋々それにならなった。

「クラスト・・・大丈夫?」

 リナは、倒れたクラストを起こそうと手を差し伸べるが、それをクラストは払いのけ、無言のままふらふらと立ちあがり、休憩ラウンジを出ていってしまった。ルーンは、リナに顔を向け、申し訳なさそうに言った。

「本当に申し訳ないです。私の部下がリナ補佐官のご親友を殴ってしまって・・・」
「いえ、いいんです。彼には、今あれが必要だったのかもしれない」

 怒られると思っていたルーンとフィリップは、リナが笑顔で答えてくれたことに驚き感心した。そして、直感的に思った。この人は死なせてはいけないと。


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