Ultimate Justice 第20話 〜輝く日〜
1.father and son

EP0044年6月25日 デス・ロックス旗艦「キリネ」

 これほどまで落ちつきのないドウィック・サーキス2世を、息子であるシャア・エスティン・サーキスは今まで見たことはなかった。彼自身、医療用ナノマシンを使用し195年という月日を生きてきたが、その2世紀近い年月の中でも、父が怒りや憎しみ以外に平常心を失うという姿は目にしたことがない。

 ようやく落ち着いたのか、父はソファに座った。しかし、1分も持たず、すぐに立ち上がり部屋を歩きまわった。そして、ときおり「まさかな、まさか奴等が動くなどありえん」と口にするだけで、何を尋ねても無視されるだけだった。

 父の態度が変化したのは、1時間前にある通信――サイコミュニケーション――を傍受してからだ。それは、恒星間通信として太陽系外では一般的に使用されている通信システムであった。太陽系外では、実用化されてから既に1世紀以上が経っているが、この通信方法は、太陽系内では全く知られていない。その情報から推測されることはただ一つ。外宇宙連合が、3世紀以上に渡って守ってきた「太陽系不介入」の精神を破り、遂に重い腰をあげたということだ。

 外宇宙連合は、デス・ロックスにとって最大の脅威だ。しかし、最初の太陽系外国家が誕生してから守り続けていた「太陽系不介入」の精神を破り、我々デス・ロックスを殲滅しに来るとは考えられなかった。その理由として、外宇宙連合の卓越した技術力が、太陽系内の人々――オールドタイプ――の目に一端さらされてしまえば、彼らがそれを欲する事は間違いなく、さらにその技術が軍事転用されてしまう可能性があった。それは、オールドタイプが技術力欲しさに太陽系外へ侵略を開始し、戦火を外宇宙全体にまで広げてしまう危険性があり、デス・ロックスを殲滅したとしても、マイナスの影響の方が断然に大きいと考えられていたからである。

 そもそも、「太陽系不介入」という精神が自然発生的に出来あがったのは、「オールドタイプが自らニュータイプへと進化するまで、静かに見守っていよう」という善意からだったが、それは年月を刻むにつれて、オールドタイプを野蛮な人類と思うようになり、今ではその考えがさらに膨張し「オールドタイプ危険論」や「オールドタイプ抹殺論」などという理論が、真剣に外宇宙連合で議論される程だった。


「何故、今ごろになって奴等は太陽系へ来ようと思うのだ・・・!?」

 突然、父が苦悩に満ちた声を張り上げた。一瞬の沈黙のあと、父の顔にはもう迷いが消え、その紅い目はさらに赤みを増したように思われた。

「シャア、我が息子よ。外宇宙連合が来ようとも、我々の長年の夢である『地球の死』を邪魔する事は許さん。今からすぐに、全NBC兵器を発射する」

 その口から出た言葉に、シャアは虚をつかれて何も言い返すことが出来なかった。確かに、シャア自身の夢は父と同じ『地球の死』であった。しかし、それは人類を抹殺するという意味ではない。今、宇宙進出以前の人類が創り出した殺戮兵器を使用すれば、まだ半分も宇宙へ逃げる事が出来ていない地球の人々を殺してしまうことになる。それは、決してシャアが長年夢見ていた光景ではなかった。

「しかし、父上!今、攻撃をし始めると何十億という命が・・・」

 何とかして、喉からひねり出したシャアの言葉は、これから流れる大量の血を予感させる目をした男の荒々しい声と、シャアの頬を打った拳によってかき消された。

「貴様、私に反抗するのか!?これは命令だ!デス・ロックス首領ドウィック・サーキス2世直々のな!」

 目の前にいる紅い目の男は父ではない。そうシャアは直感した。外宇宙連合という、デス・ロックスがNBC兵器全てを使用しても勝利を得る事は出来ない相手。その恐怖が、父を呑みこみ我を忘れさせ狂気へと導いた。いや、今まで自分達が「地球を死の岩」へと変えようと夢見ていた事が狂気だったのかもしれない。初めて、シャアは今までの自分の人生を客観的に見れたような気がした。

「父上、平静を保ってください。我々の目的は人類の抹殺ではなかったはずです」
「黙れ!貴様のような者に、私と私の同志が受けてきた屈辱が分かるものか!」
「父上!」
「父上だと?ふん、貴様のような臆病者など私は知らん!オペレーター、すぐに発射シークエンスに移れ!」

 シャアは、唇を噛締め紅い目を不気味に光らせる男の部屋を無言で後にした。結局、自分は父の理想、夢を実現するためだけの道具に過ぎなかったのか。シャアという名が自分に付けられた事実が、それを証明しているかのようだった。もし、そうであったとしたら、最後ぐらい自分で決断をし、父の夢の実現の為の道具でない事を証明したい。そんな欲求がシャアを突き動かし、その足は自然とブリッジへと向かっていた。

 ブリッジには、既にブリッジ・クルー全員が配置に付き、先程の父が出した命令の通り、発射シークエンスの確認作業を行っていた。初期恒星移民開拓者の中で、現在生きているのは父ただ一人だった。父の命をこれほどまで長寿にしたのは、神の領域だと言われた禁断のテクノロジー、医療用ナノマシンの大量摂取によるものだった。

 しかし、禁断のテクノロジーなくしては、恒星間移民を達成させる事は出来なかったといっても過言ではない。当時は、まだ超光速航行は発明されていなかったからだ。ほとんどの開拓者たちは、父と同じように当時の太陽系の支配者に憎しみを抱いていた。しかし、烈々と燃える憎しみを抱き、禁断のテクノロジーを使用し、何百年も生きて復讐をしたいと願ったのは父一人だった。

「発射シークエンスを中止し、このプロテクトをかけろ。これは、命令だ!」

 シャアから、発射シークエンスにアクセスできないようにするプログラムの入ったディスクを受け取り、クルーの一人がキーボードを慣れた手つきで打ち始めた。命令に従順なクルーの姿は、あたかも父の言いなりになってきた自分を見ているかのようだった。

 デス・ロックスのクルー全員は、開拓者家族の子孫だ。彼らは、父の或いは先祖の夢を現実にしようと、数世代に渡り働いてきた。そう考えると、クルーも皆、自分と同じように父の欲求を満たす道具だったのかもしれない。

「同盟軍に回線を開け!」

 シャアの言葉に、誰も反論するクルーはいなかった。彼らも、うすうす気付いていたのだろう。自分たちがドウィック・サーキス2世の道具に過ぎないことを。

『同盟軍に告ぐ、私はドウィック・サーキス2世の息子、シャア・エスティンである。これから数時間の内に、君たち太陽系の人々が忘れていたもう一つの人類が太陽系へ到着する。
 それに父は気付き、NBC兵器による総攻撃を今はじめようとした。しかし、私の権限でそれは中止させた。だが、これは単なる時間稼ぎで終わるだろう。
 私は、数十億の人々の死を見たくはない!もし出来るのなら、父が犯そうとしている愚行を止めて欲しい。デス・ロックス旗艦キリネに、全てのNBC兵器を積んでいる。もう一度繰り返す、全てのNBC兵器はこの艦キリネにある!』

 そう言い終えた時、冷たいものが後頭部に触れた。直感的にそれが拳銃であること、そして、それを握る人物が自分の父であることにも。

「シャア、見損なったぞ。我々は共に長年この日を夢見ていたではないか?それなのに、なぜこの大事な時私を裏切るのだ?」
「父上、私は間違っていました。もっと前に、あなたの目を覚ますことが出来ていれば・・・」
「目を覚ます?目を覚ますのは、お前の方だ!」
「違います。何十億という人を殺すのは間違っています!」
「裏切り者め!」

 それが、シャアが聞いた父の最後の言葉だった。「息子」や、「シャア」という名前ではなく、裏切り者――夢を実現するための道具が、自分に対して歯向かった。ただそれだけのこと。息子に対する愛、人に対する憐れみ等は微塵もなかった。しかし、シャアにとって裏切り者という言葉は、自分という存在が認められた最初で最後の瞬間だった。

 後頭部を打ち抜かれ、シャアの体はその反動で宙を舞った。小さな赤く丸い大量の粒がブリッジのバキュームに吸い込まれて行く。

「発射シークエンスのプロテクトを一刻も早く解除しろ」

 それだけを言い残し、ドウィック・サーキス2世は息子の亡き骸に目もくれることなくブリッジを立ち去っていった。

 蒼い星の輝きがブリッジを満たし、無重力に漂うシャアの体を包み込んだ。光に照らされたその死顔は、自分が存在した理由を見つけ、使命を果たしたと自信気に語っているかのようだった。


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