BEYOND THE TIME 第1話 奪還 後編

P:0000 6月7日 永久中立地帯「地球」 ガイア・シティ


「防衛隊は何をしていたのだ!?」

 突然の怒り狂った男の声に、休戦協定の協議の為に集まっていた外宇宙連合と太陽系連邦の高官たちは、何事かと一斉にその声がした会議室の外へと視線を集中させた。すると、ドアが突然勢い良く開かれ、声の主だと思われる軍服を着た大柄な男が新太陽系連邦の暫定議長であるアラン・フェルドの耳元で何かを呟き、アランの手元に電子ファイルをそっと差し出した。困惑した表情を浮かべながらも、電子ファイルを手に取ったアランは内容にさっと目を通した。高官たちは、アランの表情がみるみる青ざめていく様子を見て、予想されていた最悪のケースが起こったのだと推測した。
 アラン・フェルド議長は、静かにファイルを閉じ高官たち一人一人の顔をゆっくりと見詰め、意を決したかのように口を開いた。

「皆さん、この戦争のすべての元凶である人物が、何者かにより3時間前にペソン収容所から・・・」
「アルテミフが、奪取されたのか!?そうなんだな、議長!?」

 一人の黒い軍服を着た人物が、アランの言葉を遮り発言をした。アランは、申し訳なさそうにゆっくりと頷いた。黒い軍服を着た男は、「くそっ」と吐き捨てながら机を思いきり叩きつけた。アルテミフ脱走――最悪の悪夢が現実となってしまったことを、会議室にいる高官たちは皆悟った。
 これまでも、幾度もなく「文明回帰主義者」たちによりペソン収容所への襲撃はあったが、その度に防衛隊は危なげなく防いできた。それも当たり前である、太陽系連邦が所持する4分の1のMS部隊がをペソン海域防衛の為に注ぎ込んでいたからだ。

「議長、これはあなたたち太陽系連邦内部の“誰か”が、命令して行った作戦ですかね?」

 黒い軍服の男が、ぎろりと議長を睨みつけながら口を開いた。議長は、「そんなはずはない」と即答するが、心の中にある「その可能性」を拭いきれず、会議室にいる太陽系連邦の高官たちに目をやった。アルテミフ失脚後も、戦争は一時休戦状態になっただけであって、太陽系連邦内にはアルテミフを慕う「文明回帰主義者」が多く居座っているからだ。

「我々外宇宙連合と交渉しながら、その交渉が行詰まると再びあの人物を表舞台に戻し、我々を『再び』奇襲する気かね?あなた達がエイレーネにしたように!」
「うっ・・・そのようなことは・・・」

 アランは何の言葉を返せなかった。「エイレーネ」その名前を聞くだけで太陽系連邦は外宇宙連合に対して頭が全く上がらなくなる。約300年間、戦争は続いているが常に両者は戦っていたわけではない。両国が交渉のテーブルについたことは何度もある。しかし、交渉に行詰った太陽系連邦が、当時の外宇宙連合の首星系であったエイレーネを重核兵器によって奇襲攻撃したのであった。交渉が行き詰まったのも、太陽系連邦が事実上占領していた地球を、再び「永久中立地帯」へと戻す交渉に太陽系連邦が断固として反対したからだった。

「やはり、我々が主張してきたようにアルテミフは、我が軍との合同で奪取阻止の防衛隊を創設するべきだったのではないかね!?」
「ライトン将軍、アルテミフ元議長一人が逃げたところで、もうこの和平への道を妨げることは出来ないはずです。私たちもあなた方も、この3世紀に渡る戦いに疲弊しきっているじゃありませんか?それに、私たちはお互いに大勢の命を失ったではありませんか。そして、この戦争によって、人類は自らの歴史さえ失ってしまったのですから!」
「議長の言うことは理解できる。しかし、議長、あなたはアルテミフの本当の恐ろしさを知らない。彼、一人が生きているということが危険なのです。そして、彼が進めていたという『エックス・コロン計画』というものが」
「・・・エックス・コロン?」

 外宇宙連合特有の黒い軍服を着たライトン将軍が口にした「エックス・コロン計画」という聞き慣れない言葉に、アランは眉をひそめた。それを見たライトンは、その言葉を知っているであろう太陽系連邦の高官を睨みつけた。

「議長、あなたは何も知らなさ過ぎる。まずは、これを読んで下さい。その間に、我々とあなたたちの軍部でどのように共同戦線を組むかを話合っておきます。我々に残されている時間は少ない」
「共同戦線?アルテミフ元議長がどこに向かっているのか、知っているのですか?」
「・・・もちろん、この地球です。議長、まずはそのファイルに目をお通し下さい。それで、すべての疑問が解けるはずです。エックス・コロン計画、そしてアルテミフの本当の目的が」

 アランは、電子ファイルをライトンから受け取り、目を通し始めた。アランの顔から血の気が失せていった。



同時刻 戦闘艦<アポカリプス>内 休憩室


 漆黒の海を翔け抜ける1隻の船があった。この船は航海を開始して、1ヶ月あまりが経とうとしていた。1ヶ月もの間航海するということは、この時代では非常にまれなことであった。既に超光速機関が発明されて長い年月が経ち、銀河の端から端の航海さえも数日あれば可能な時代である。1ヶ月以上の航海する船といえば、銀河系外を探査する探査船以外にはあまりない。しかし、この暗闇をひたすら突き進む船が探査船でないことは、そのシャープな外見と船体から突き出るトゲのような砲塔から一目瞭然であった。

「おい、今回の俺らの任務は何だと思うよ?」

 あごヒゲの30代後半の男が、真剣な表情で電子ノートを見つめている銀色の髪の毛が特徴的な20代の女性に声をかけた。

「いつものことじゃないですか。任務が明らかにならないって言っても、私たちの任務は、ここ数ヶ月やってきたペソン海域と地球を行ったり来たりする通常の哨戒任務でしょう?」
「だと俺も思ったんだがな、ちと今回は違うような感じなんだよな・・・」
「何でですか?」
「なんせ、あの百戦錬磨のエゼエル少佐がこの船に乗っているからな!」
「本当に!?あのエゼエル少佐がこの船に乗っているんですか?どうやって、そんなこと分かったんですか、ビル?」
「ああリリー、俺様の『電子頭脳』にかかれば、どんなにセキュリティーが厚くても突破可能だぜ」

 情報のエキスパートであるビル・ウィッシュ軍曹は、得意げに片方の手で自分の頭を指差した。それを見たリリー・アースフィールド准尉は、ハァと溜息をつきながら、呆れた顔でビルを見返した。ビルと同じ部隊に配属されてもう3年になる。階級が上であるはず自分に対して、ビルはいつもあたかも上官のような口調で喋りかけてくる。最初は、それに戸惑い何度か注意はしたものの、いつのまにかそれにリリー自身が慣れてしまっていた。

「ビル・・・もしかして、この船の暗号化されたファイルを覗き見したんですか?」
「ああ、当たり前よ!俺はいつも乗った船では最初に情報収集するのが習慣でな!」
「じゃあ、この船の本当の任務も分かったんじゃ?」

 突如、ビルは真剣な顔つきになり、小声で喋り出した。あまり見たことのないビルの真顔にリリーは不安になった。

「それがよ、普通の太陽系連邦所属艦であれば、どんな船であってもそのマザーコンピューターに任務内容が書かれているはずなんだがな、この船には任務に関する情報がゼロだ」
「じゃあ、何も分からなかったということ?」
「いいや、一つ今まで見た事のないファイルを見つけたんだ」
「どういうファイルなの?」
「それがよ、何とアルテミフ元議長によって作成された命令ファイルを見つけたんだ。なんか、エックス・コロン計画とかいうファイル名だったけど・・・なんと、そん中に、この船に実はエゼエル少佐が乗っているっていう情報があったんだよ!」
「アルテミフ・・・って、アラン議長の間違いじゃないんですか?」
「いや、アルテミフってなってたぜ、俺らの任務は今まで以上にヤバイ予感がする・・・ぜ!?」

 ビルが話し終える前に、突然休憩室のドアが開き、二人の人物が姿を現した。ビルとリリーは、その二人を見上げ唖然とした。今、まさしく話していた人物が目の前に突然現れたからであった。

「ア・・・アルテミフ元議長!?それに、エゼエル少佐!?」

 ビルとリリーは、即座に立ち上がり急いで敬礼をした。アルテミフは、硬直した二人を見ると、手で楽にしろと促した。しかし、アルテミフの鋭い視線がビルに向けられた。

「ビル軍曹、先ほどの話からすると勝手に艦の極秘情報を盗み出したらしいな?」

(聞かれていたのか?)

 ビルの背中に冷たい汗が流れた。アルテミフがミスを犯した部下に対しては、容赦ない処分――即ち「死」――を下すことは軍内部では有名は話であった。ビルは、この瞬間自分の人生はこれで終わりだと思い、目をつぶりその処分の時を待った。しかし、一向に処分が行われる気配はなく、おそるおそる目を開けてみた。すると、先ほどまでの威圧的な視線をアルテミフはしていなかった。

「軍曹、今回のことは見逃そう。なぜなら、君のそのハッキング能力を買ってこの艦にわざわざ乗せたのだからな」
「え?」
「この艦のセキュリティを突破するとはさすがだな」

 ビルはアルテミフの言葉をすぐに理解出来なかったが、「死」の恐怖によって冷たくなった体に温かさが戻ってきていることは確かだった。

「ビル軍曹のハッキングによって、君たち二人はこの艦が通常の哨戒任務ではなく、特殊な任務を行うことは分かったであろう?」
「え・・あ、はい」

 戸惑いながらも二人はアルテミフに返事をした。すると、アルテミフは二人の困惑した様子を察し、口元にうっすらと笑みを浮かべた。

(困惑するのも無理はないか。収容所にいるはずの元議長である私がこうして目の前にいるのだからな・・・)

 アルテミフと二人の会話の一部始終を黙って聞いていたエゼエルは、バイオコミュを通じ、戸惑っている二人に現状を理解するに必要な最低限の情報を与えた。その情報を得た二人の表情は、戸惑いから驚きへと変わった。ビルはその情報から思い切ってアルテミフに疑問を投げかけた。

「アルテミフ元・・・いえ、議長。ということは、我々は議長に反乱を起こした新太陽系連邦政府に対して新たに反乱を起こすということでしょうか?」
「反乱?いやそれは違う。彼らが我々に反乱を起こしたのだ、我々は反乱軍の討伐へ行くのだよ」
「しかし、この艦にはエゼエル少佐の特殊MS以外には、5機の標準MSしか積んでおりません。これだけの戦力では、数万の新太陽系連邦軍と外宇宙連合軍相手では、とても・・・」
「勝ち目はない、と言いたいのかね?では、情報分析官としてこの戦力で反乱軍に勝利するには、何が必要が述べてみたまえ」
「この戦力では不可能です」
「本当にそうかね?」
「ディストーションを使用すれば勝利出来る可能性はあります」

 「ディストーション」――1発で惑星をも消滅させる威力を持つ重核兵器――ビルがもっとも嫌う言葉の一つだった。しかし、情報分析官として冷静に判断するなら、この兵器の使用なくして反乱軍に勝利する事は出来ない。そして、目の前にいる男はこの大量破壊兵器を躊躇せず使う男だということも分かっていた。何故なら、過去に既にその行為を行っているからだ。

「軍曹は、ディストーションが嫌いなようだな」

 心を読まれた?ビルは自分ではいつも通りの表情で答えたつもりだったが、アルテミフはビルの僅かな表情の強張りを見逃さなかった。

「心配ない。私は、ディストーションを使用するつもりはない。そんなことをすれば、我々の故郷が消えてしまうからな」
「故郷が消えるって、地球が再び戦場になるんですか、議長!?」

 ビルの傍らで今まで黙って話を聞いていたリリーが議長に尋ねた。リリーは、地球生まれ地球育ちという根っからのアースノイドであった。アースノイドの「地球」に対する想いは人一倍に強いと一般的に言われているが、リリーもその一人であった。

「あれほどまでに破壊された地球を、これ以上傷つけるおつもりなのですか!?」
「リリー・アースフィールド准尉、議長に対して言葉を慎みたまえ」

 聞きなれた声がリリーの耳に入った。リリーはすぐに冷静さを取り戻し、休憩室に入ってきたこの<アポカリプス>の艦長ロンド・ジュネン少将に敬礼した。ロンドは、アルテミフに敬礼をし笑顔で手を差し伸べた。伸ばされた手をがっちりとアルテミフは握り、親しい者にしか見せたことのない笑顔を見せた。

「こんな場所におられましたか、探しましたぞ」
「ロンド・ジュネン将軍、久しぶりだな?」
「お久しぶりです、アルテミフ議長。あの忌々しい反乱の日以来です」
「どうだね?我々の同志たちはエックス・コロン計画を順調に進めているのかね?」
「はっ、それは勿論です。計画は順調に進んでおります。順調に進んだ結果、議長の奪還作戦を今日実行に移すことが出来たのです」
「そうか、それは良いことだ。<ターンA>のシステム・・・月光蝶と言ったか?あのシステムは私が望んだ以上の性能を発揮してくれそうだしな」
「あのシステムは、作った我々から見ても身震いするほど恐ろしいものです。おそらく、人類史上最強の兵器でしょう・・・しかし一つ懸念材料あります。外宇宙連合も月光蝶の開発に成功したとの情報が先日入ってまいりました」
「そうか予定通りだな。そうであるなら、尚更エックス・コロン計画を迅速に進めなければならないな。期待しているぞ艦長」
「分かりました。議長」

 ビルとリリーは、アルテミフとロンドの会話を固唾を飲んで聞いたが、再び聞いた事のない単語が出て、完全には話しの内容を理解することは出来なかった。しかし、一つだけ分かった事は、自分達に深く関わる計画が順調に進んでいると言うことだけであった。

「では、ロンド将軍この二人に計画の概要を説明してくれたまえ、但しレベル3までの情報だけだ。では、失礼するよ」
「は、了解致しました」

 アルテミフが出ていくと、ボディーガードのようにエゼエル少佐はぴったりとアルテミフの側について、休憩室から出ていった。その後、ビルとリリーがロンド将軍から受けた簡単なブリーフィングでは、彼らの知らないうちにエゼエル少佐によってアルテミフ議長奪還は成功し、これから地球へ向かい『エックス・コロン計画』を進めるということだった。そして、計画の鍵となるものが「月光蝶」と<ターンA>だということが説明された。



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