Ultimate Justice
第1話〜新たなる戦乱〜

 青い空を、人の形をした巨大な影が三つ飛びまわっている。それは、人の形をしていたが、明らかに人ではないと分かる。まず、二枚の翼があること、そして人としては巨大過ぎるということである。

 その正体は、URES軍の最新鋭MS先行量産型「JES‐III」(通称:ジェスIII)であった。EP初頭に生産が開始されたジェスの後継機である。そのMSは白く塗装され、背中から生えている二枚の翼の形をしたミノフスキー・ドライブが特徴である。

 宇宙での人類による最初の戦争以来、兵器の主役は巨大人型兵器モビルスーツ(MS)であり、数百年経った今も、ミノフスキー粒子のおかげで、MSが軍の主役の座を守っているといえる。ジェスIIIは、URESのテクノロジー全てが集束された機体といってもいいだろう。UBCSという、新たな技術が搭載されているのが主な特徴である。

 UBCS――URESが、開発を進めていた「Unmanned Battle Control System(無人戦闘管制システム)」の略称である。簡単に言えば、兵器の完全無人化、コンピューター化である。今までも、無人化された兵器は多く存在した。しかし、ミノフスキー粒子散布下の戦闘の中での、大量のデータを把握し、判断することのできるCPUが存在しなかったため、無人化は一向に進まなかった。しかし、時が経つにつれて、CPUの処理速度は飛躍的に上昇し、EP0042年には手の平サイズで人間の脳を遥かに凌駕するCPUが誕生した。そのような背景の中、ジェスIIIはURESのMSとして初めてUBCSを搭載することになったのである。そして、今では急ピッチに旧型のMSから大型の戦艦にまでUBCSを導入しようとしていた。


2.Sea of clouds

E.P.0044年4月5日 地球圏連合共和国(URES) 首都サッポロ

「すごい人だな。今日も・・・」

 クラストは、あの2枚の翼を持つMSに乗っていた。大空から下の世界を見ると、アリのようにうじゃうじゃと人が集まっているのが確認できる。

「そりゃそうよ。だって毎月恒例のリナちゃんのパレードなんだから」

 コクピットのディスプレイにウィンドウが開き、黒いショートカットヘアーのミカが映し出される。そこへ、もう一つ横にウィンドウが開いた。キムだ。

「いや〜、こうやって空から見学出来るなんて最高だぜ!いつも、人ばかりでどうやってリナちゃんを見ようかって、頭を悩ませてたからな」
「そうか。それは良かったな」
「ああっ?クラスト、何かお前今日冷たいな。せっかく、リナちゃんを間近で見れた記念の日だっていうのによ〜。ちょっとはテンション上げろよ」

 はいはいと呆れた顔であいづちを打ち、一方的にクラストは正面のディスプレイに映っていたキムの映像を消した。キムの声だけが空しくコクピットに響いた。

「おいっ!何するん・・・」

「クラストちゃんも意地悪ねぇ〜」

 ミカがにたにたと笑っている姿がディスプレイに映し出されている。クラストが、さっきと同じようにミカのウィンドウを閉じようとすると、ミカは彼が何をしようとしているのかを察し、ゴメンといった表情で両手を合わせた。ため息をつき、クラストはキムの映像通信用のウィンドウをもう一度開いた。

「さっきは悪かった。すまない」

 もう一度通信が再開されるのを知っていたかのように、キムは何故かパイロットシートの上で土下座をしていた。さすがに3年間一緒に過ごしてきた仲だから、どうすれば相手のご機嫌を取れるかその術を熟知していた。

「はいはい。今はこれでも任務中だからな。俺たちは、一応これでも大統領の命に関わる仕事をしてるんだからな。あまり気を抜くなよ」
「ラジャー、クラスト隊長!」

 ミカとキムが返答し敬礼をした。「隊長」とクラストを読んだのは、ふざけたわけではなく、3人の中では一番階級が高い少尉だからだ。 

「こちら、ホワイトシティ。バード1状況は?」

 ホワイトシティとは、PED司令部のことで、その声の主は、PEDの司令部にいるナウム少佐だった。

「こちらバード1、2、3、異常なし」
「よし、大統領専用車が官邸を出発した。バードは都市上空の索敵を続けてくれ。警戒を怠るなよ、以上」
「了解」

 3機のMS、ジェスIIIは、あたかも重力が存在しないかのように、雲一つない青空を優雅に旋回していた。が、もちろん、この高度に達する高層建築物はこのサッポロにはなく、――この高度に達する建築物と言えば、東南アジア地区にある衛星軌道ステーションへと繋がる、人類史上最大の建造物「軌道エレベーター」ぐらいだろう――太陽の日差しが容赦なく3人を襲う。

 キムは手をあおぎ、熱いっという表情をつくって見せる。しかし、実際に熱いわけはない。太陽の日差しはMS外にあるカメラが、コクピットの全天周囲モニターに映し出しているだけだからだ。それに、コクピットはパイロットが一番快適に過ごせるようにエアー・コンディショナーにより温度は自動調整されている。長い沈黙を嫌うキムが、話題を作ろうと考え付いた行動なのだろう。そのキムの仕草をモニター越しにクラストは見ながらも、任務に集中するために無視することにした。

「はぁ〜。それにしても暇だな・・・・」

 誰も反応してくれなかったキムは、たまらず皆が感じていたことを声に出した。クラストとミカもちょうど同じように感じていた。何故なら、3機の最新鋭MSはサッポロ上空をぐるぐるまわっているだけなのだから。

「ホントは、これでドンパチできたら最高なんだけどね。そう思わないクラスト?」

 ミカの顔が突然ウィンドウ一杯に映ったので、クラストは思わず仰け反った。

「ああ、そうだな。これだけ良い機体だし。それにUBCSも搭載されているようだし、後、パイロット用のサポート・システムもあるらしいからな。MS乗りからすると、一度は使ってみたい機能だしな」
「やっぱ、隊長は分かっていらっしゃるね〜」

 ミカがふざけて言う。その時だった、クラストは嫌な胸騒ぎがした。

(まただ、この胸騒ぎ・・・)

 ミカとキムも、ディスプレイを通してクラストの表情が明らかにさっきまでのものとは違うことに気がついた。

「ミカ!お前のジェスIIIは、確か索敵機能が強化されているバージョンだよな?」」

 ミカは、クラストの突然の真剣な声に少々戸惑いながらも返答した。

「この3機の内では、一番索敵機能は優秀なはずよ」
「都市の東側に何かの反応はないか?たとえばMSとか」

キムは、一体何事だといった表情で、クラストをディスプレイ越しに見つめた。

「どうしたんだよ、クラスト?」
「いや、胸騒ぎがして・・・」
「出た!またまたクラストの不幸の胸騒ぎですか?」

 クラストが感じたこの胸騒ぎは、何度か過去に経験したものだった。最初の胸騒ぎがした直後、士官学校時代の友人が反アースノイド主義者のテロで亡くなった。その後も、何度か胸騒ぎあり、最近のものでは東アジア地区基地で、旧型ジェスに試験的に搭載されたUBCSが暴走し、基地内の軍人100人が犠牲となった。東アジア地区基地時代には、クラストの胸騒ぎは「不幸の胸騒ぎ」とキムに命名され、基地内では有名な話しとなっていた。

「ああ、同じ感じだ」

 そう話しながらも、クラストはコクピット内のあらあらゆる索敵センサーを駆使し、この胸騒ぎの原因を突き止めようとしていた。

「反応があったわ。数は4、この反応からするとMSね。敵味方識別コードは該当なし」

ミカのジェスIIIが、先にクラストの胸騒ぎの原因を突き止めた。

「クラスト、こりゃどういうことだ?まさか、外惑星連邦の奴等が地球に攻め込んで来たのか?」

 外惑星連邦(Federation of Outer Planets)――宇宙世紀末期に、太陽系連邦を崩壊に導いた「ニュータイプの反乱」を指揮したスペースノイドにより設立された国家である。また、「全ての人類は、地球から離れニュータイプに進化するべき」と唱える、ニュータイプ中心主義国家でもある。

 近年では、月に最も近いコロニー群国家「ティエラ共和国」の独立を支援したことで有名である。URESは、この事実を知ると痛烈に外惑星連邦を批判した。一時は、緊張が高まり「URES対外惑星連邦、全面戦争突入か?」といわれるほど、二国間関係は悪くなっていた。しかし、リナ大統領の就任後、急速に外惑星連邦との関係は改善していった。


「いや、外惑星連邦との関係はリナ大統領のおかげで、そこまで悪化していないはず」
「じゃあ、ティエラ?ルナポリスか?」
「それはないんじゃない?スペースノイドの大多数が、リナ大統領を支持しているのよ」
「ミカの言う通りだ。スペースノイドじゃない」
「とすれば、アースノイド中心主義者しかいない」
「・・・もしかしたら、演習機かもしれないぜ?」

 キムは、同じアースノイドが攻撃をしかけてくるという悪夢を振り払うように、
僅かな希望として「演習機かもしれない」と無意識に口から言葉を発していた。
「そんな情報はないわよ。キム」

 ようやく、クラストとキムのジェスIIIにもミカが言ったとおり、4機のMSらしき影を長距離レーダーが捉えた。ミノフスキー粒子が散布されていない為、いとも簡単に補足できた。

「こちらホワイトシティ。バード1、2、3に告ぐ。4機の未確認MSがサッポロ市内に超高高度で侵入中だ。こちらの警告を無視している為、威嚇射撃を許可する。又、それでも侵入を止めない場合撃墜も許可する。
 尚、大統領専用車は、万が一のため防空施設へ向かっている。サッポロ市内の市民も現在地下シェルターへと誘導中だ。以上」
「了解」

 3人とも、すぐに自動操縦を手動へ切り替え、4機の未確認MSへコンピューターが計算した最短コースで向かった。

「威嚇射撃後、、侵入を止めないのなら撃墜する。シミュレーション通りにやる」

 距離をつめたことにより、索敵能力を強化されたミカのジェスIIIは、すかさず高解像度カメラで得た未確認MSのデータを照合した。

「4機のMSの照合確認。4機とも旧式のジェスよ」
「ちょっと待てよ!ジェスってことは、URES軍?クーデターでも起こったっていうのかよ?」
「キム、その可能性は十分ありうる。あのイナダ副大統領の噂は聞いたことあるだろ?」
「イナダ副大統領・・・そうだなクラスト・・・ありうるな」

キムは、自分の頭の中からイナダという名のあらゆる情報を取り出した。

 マックス・イナダ副大統領は、10代から軍人としての素質を発揮し、20歳の若さにしてURES宇宙軍の指揮官に上り詰めた人物であった。そして、彼は人類史に残る「ニュータイプ・ジェノサイト事件」という悲劇を引き起こした。しかし、その後、恩赦により釈放され、地道な活動が評価されURES議員に当選し、リナ・ジュミリン大統領の父親であるジョーイ・ジュミリン政権の時、副大統領の地位についた。また、アースノイド主義者の多くは、彼を慕っていると言われている。

 3機のMSは、同時に司令部から送信された4機のMSの予想進路図をディスプレーに表示した。

「やっぱりそうか。大統領の乗った車へ一直線に向かっている」

 クラストは、自分の中ではあの胸騒ぎ起きた時点でこうなると分かっていたような感じがした。

「おいっ、本当にあれ旧型のジェスか?やけにスピードが速いぞ!」
キムが、見る見るうちに正面から接近してくる4機を見ながら言った。
「そうよ、間違いないわ。でも、チューンアップされてることは確かよ」
「だよな・・・」

 ジェス、正式名称はジェスIだが、ジェス、旧型ジェスとも呼ばれている。この機体は、太陽系連邦崩壊後のEP初期に生産を開始した機体であるので、古いものだったら40年前の機体も存在する。しかし、機体性能が非常に良く、追加装備や改造も容易に出来ることから、一部の基地では今だに使われているので特段珍しいことではなかった。

 クラスト、ミカ、キムが操るジェスIIIは、距離こそ詰めたものの高度にはかなりの差があった。

「さて、いくら最新鋭でも俺たちパイロットが持つかどうかだな・・・。急上昇しながら、射程内に入ればビームマシンガンで威嚇射撃をする」
「了解」

 3機のジェスIIIが、上から見たら三角形のフォーメーションを取りながら、凄まじい勢いで加速し、急上昇を始めた。

「くっ、さすがに、このGはきついぜ!!」

 キムが吐いた言葉は、クラストとミカの心を言い当てていた。ギシ、ギシと体がきしむ音が聞こえる。指一本も動かせない程に、見えない力が体中を覆っている。
 
 未確認MS4機の射程内に入ると、照準を合わせる為に少し速度を緩め、次の瞬間、3機ともほぼ同時にビームマシンガンから光が放たれた。
 
 威嚇射撃で当たるはずはなかったが、4機のジェスの華麗とも言える避け方に3人とも一瞬目を奪われた。フォーメーションを崩さず、完璧に息の合った回避行動。これを、見たときクラストは直感した。

(パイロットは乗っていない・・・)

 4機は急降下し始め、フォーメーションが崩れたと思うと、4機中3機だけこちらに向かってきた。1機は何事もなかったかのように、予測進路を飛行し続けている。

「1機で、リナちゃんをやる気ね!」
「クラスト、ここは俺たちに任せて、リナちゃんを守って来い!リナ大統領ファンクラブ会員第10号からの伝令だ!」

 ファンクラブ会員第10号・・・そんな言葉が頭に残りながら、クラストは1機を追うために方向転換をした。

「分かった、キム、ミカ任せたぞ。こいつらにパイロットは乗ってない。注意しろ!」

 クラストが言い放った言葉に2人は困惑しながらも、クラストの機体が飛び去って行くのを見届けた。

「どういうこと、パイロットが乗っていないって?」
「さぁ、でもあいつの言うことは当たるからな・・・」
「もしかして・・・」

 ミカが、またセンサー類で3機のMSを計測した。コクピットには人間らしい熱反応が見られない。わずかに電子機器が放つ熱だけが表示された。

「クラストの言う通り、あいつら機械ってことよ。このジェスIIIにも搭載されているUBCSが搭載されてるってわけよ」
「そういうことか。じゃあ、思いっきり出来るってわけなミカ」
「一丁やりますか!」

 ミカとキムは、ディスプレイを通じてアイコンタクトし、機体を機械が操る3機に向けた。
 
 キムとミカのジェスIIIは、クラストへの追尾の道をふさぐ様にしながらビームマシンガンを放った。それを易々と3機のジェスは回避する。
 
 その隙にクラストは、依然として超高高度で大統領専用車に向かっているジェスに下方から接近しつつあった。射程内に入るか入らないかの時であった、ジェスが装備しているビームライフルの銃口が一瞬光った。

 その光は一直線に首都の中心部に向かった。都市部の中心の辺りで、爆発が起こる。コクピット内のディスプレーの一つに、高解像度カメラによって得られた映像が表示される。今の射撃によって破壊されたと思われる橋の前で、大統領専用車が身動きできない状態に陥っていた。

(こんな長距離から、正確な射撃が出きるのか?)

 ここまで、UBCSの性能が高いとは思っていなかったのが事実だった。基地にいた時も、UBCSはただのサポートプログラムに過ぎず、UBCSで無人化されたMSは素人が乗っているのと同等のレベルか、少しだけましな操縦しか出来ないと教えられてきたからであった。

(まんまと、俺たちは軍部の情報に騙されていたわけか・・・)

 UBCS稼動中のMSは、一流のパイロット並み、いや、それ以上の技術を持っていることは明らかであった。その上、旧型のジェスでこれである。

「これ以上、攻撃は許さない」そう自分を奮い立たせるように、クラストはジェスを睨みつけ言い放った。先程の射撃は、大統領専用車を足止めするための一撃で過ぎない。だとすると、次の射撃で大統領専用車を破壊する気だ。
 
 射程内に入ったことを示す電子音が、コクピット内に響きわたった。クラストが乗っているジェスIIIの、ビームマシンガンから再び閃光がほとばしる。閃光は、スナイパーさながらに大統領を狙い続けているジェスに一直線に伸びていった。

(当たれ!)

 着弾するかしないかという時に、UBCSによって操縦されているMSは、急激に速度を落とし、重力に身をまかせて突如自由落下し始めた。ジェスの予測進路に向けて放たれたビームの光は、空の彼方へ消えていった。

「くっ、何て避け方だ!」

 クラストは、パイロットが操縦していたら不可能な行動を取るジェスに絶句するしかなかった。

 重力に引かれながら、落下し続けているジェスは、ビームライフルを腰のホルダーに納め、腕に格納されていた筒のようなものを取り出した。次の瞬間、その筒から光の刃が輝き始めた―――ビームサーベルだ。

(確実に、大統領を仕留める気か?)
 
 クラストは、UBCSという残酷ともいえるほどの冷静さに驚くだけだった。一か八か、クラストは思いっきりスラスターペダルを踏んだ。あのジェスに追いつくには、クラストも同じように急降下する必要があった。

 再び凄まじいGが体を襲う。クラストは、この窮地を乗り越えるために先行量産型ジェスIIIに搭載されている、UBCSサポートシステムを稼動させた。全天周囲モニターに、『ARCS』という文字が浮かび上がった。

 その時だった。クラストは、自分の視界が広がるような感じた。気のせいかと思ったが、装甲に当たる風圧までまるで自分の肌が直接感じているような感覚だった。

 クラストの操るジェスIIIは急降下するも、ジェスがビームサーベルを振り上げようとしている姿が、気を失いそうな意識の中に飛び込んできた。

(くっ、間に合わないか?)

 クラストの操るジェスIIIは、間一髪で振り下ろされかけたジェスの腕を、無意識の内に抜いたビームサーベルで切り落とすことに成功した。機体と切り離されたビームサーベルの刃はその輝きを失った。

 旧式のジェスであったのが幸いした。旧式のビームサーベルであったがために、ビームサーベル自体にエネルギー供給システムは搭載していなかった。もし、新型のビームサーベルであったら、切り離されたとしても短時間だがビームを供給し続けるので、そのメガ粒子によって大統領専用車は一瞬にして灰となっていたであろう。
 
 クラストは、すぐにビームサーベルをUBCSが設置されている、ジェスのコクピット目掛けて突き刺した。ビームサーベルは、ジェスの背中にあるジェネレーターの誘爆を避けるために、必要最低限の出力でジェスのコクピットを貫いていた。

 UBCSが搭載されている心臓部を破壊され、疑似パイロットを失ったジェスはただの鉄の塊へと帰した。

 クラストは、急激なGで失神寸前であったにも関わらず、自分がジェスを起動停止の状態にしていることに、ただただ驚くばかりだった。いつオフになったのか、UBCSサポートシステムが起動を知らせる文字は消えていた。同時に先ほどのMS全体がまるで自分の体のように動く感覚も消えていた。

 クラストは、コクピットから地上へ降下するためのハンガーに片足をかけ、大統領の身の安全を確かめるために、地上へと降りていった。

 大統領専用車は、外から見る限り損傷といえば窓ガラスが割れているだけだった。しかし、後部ドアを開けてみると、外へ血塗れのボディーガードと見られる人物が倒れ込んできた。もう息はしておらず脈もなかった。

(間に合わなかったのか?)

 守れなかったという、罪悪感がクラストの中に芽生え始めた。急いで専用車の後部座席に入ると、リナ大統領の姿が見えた。

 数時間前の姿とは違い、髪はぼさぼさになり、顔はや腕はすすで汚れていた。顔をこちら側へ向けると、額から血を流しているのに気がついた。やはり守れなかったという絶望感が襲ったが、かすかだがリナ大統領が息をしている音を聞いた。クラストの心にわずかだが光が射した。

「大統領!大丈夫ですか?」

 声に反応して、両目をぱちくりさせた後、しっかりと開きクラストの姿を見つめた。

「今朝の・・・PEDの方ですか?なんとか・・・大丈夫です」

 大統領の声を聞き、平静を取り戻したクラストはゆっくりとリナ大統領を外に担ぎ出しながら、パイロットスーツのヘルメットに内蔵されている通信機器に向かって、司令部との連絡を取ろうとした。が、何度やっても通信が出来ない。

「司令部?応答してください!くっ、どうしたって言うんだ?」

 不幸中の幸い、リナ大統領は額にかすり傷を負っているだけであった。最初の爆発によってもたらされた爆風を、ボディーガードが身を徹し守ってくれたのであろう。リナ大統領は、不安そうな顔をしながら辺りを見回していた。

 「大統領、一刻も早くこのエリアから脱出するのが先決と思います。MSのマニュピレーターにお乗りください」

 急いでコクピットに戻り、大統領の前に巨大な手の平を降ろす。大統領が乗ったのを確認すると、コクピットの前に動かし、大統領をコクピット内へ招き入れた。クラストは、一瞬、リナ大統領を膝の上に乗せないといけないのか?と想像したが、ジェスIIIには幸運にもサポートパイロットが乗れるよう、メインパイロットシートの後に補助パイロットシートが用意されていた。
 
 その補助パイロットシ−トに、リナ大統領は乗りこんだ。クラストは、コクピットのハッチを閉め、シートの下にある緊急箱を取りだし、リナ大統領の額をガーゼで拭こうとした。

「良いです。自分でそれぐらいは出来ますので」
 その言葉にうなずき、手に持っていたガーゼと緊急箱を手渡した。
「ミカ、キム応答してくれ」

 クラストは、自分が持っている通信機器が故障しているせいで、司令部とは繋がらない可能性もあるので、ミカとキムにまず連絡を取ることにした。

「もう、クラスト何やってんのよ!!早く助けに来なさい!」
「そうそう、早く来てくれんと、俺たち撃墜されちゃうぜ!」

 ミカとキムは、1機のジェスは撃墜出来たものの、残りの2機は機体に損傷を受けながらも、しぶとく抵抗を続けていた。

「大統領、ちょっと体に負担がかかると思いますが・・・」
「どうぞ私のことは気にしないでください」
「はっ、了解しました。しっかり掴まっててください」

 今朝、目を合わすことも出来なかった自分が、大統領と直接話をしていること自体が不思議でならなかった。

 クラストと大統領を乗せた、ジェスIIIは空へと舞い上がって行った。

 クラストがキムとミカと合流すると、2機のジェスは情勢を不利と判断したのか突然撤退をし始めた。その行動に少し違和感を感じた。その撤退と同時に、緊急通信が司令部から入った。

(やっと通信が、復旧したのか・・・)

 無事大統領を保護しました、と言おうとクラストが口が開く前に、ナウム少佐から考えもしなかった言葉がクラストに向けられた。

「貴様等が、この暗殺計画の首謀者だったのか?まさか、私の部下がそのようなことをするとは・・・失望したぞ!リナ大統領を拉致した現場を目撃した人物は大勢いる。早く出頭して来い!今なら、まだ軍事裁判で懲役50年くらいの刑ですむ・・・」
「待ってください。何を言ってるんですか?少佐、自分たち3人で暗殺を阻止したんですよ?」

 こちらの声が聞こえていないのか、少佐は同じようなことを繰り返すばかりだった。

「これって、どういうこと?」

 ナウム少佐とのやりくりを聞いていたミカが聞いてきた。キムも困惑した顔をしている。

「分からない」

 それは、頭が混乱したクラストが言える精一杯の言葉だった。ジェスIIIの3機は上空で停止していた。すると、10機以上の機影をミカのレーダーが捉えた。ミカが2人に報告する。

「弁明する余地もくれないってわけか・・・」

 クラスト、ミカ、キムの3人はどうしていいのか本当に分からなかった。沈黙が、3機のコクピットを覆う。

「逃げてください」

 一瞬、誰の声か3人とも判別できなかった。もう一回同じことを言った。クラストは、後ろに座っているリナ大統領の声だとやっと分かった。

「えっ?どういうことです?」
「これは、きっとイナダ副大統領の仕業ではないかと思います」
 しっかりとした口調で、大統領が一つ一つの言葉を丁寧に言った。
「先日、私の直轄の部下がもしかしたら、数日内にクーデターが起きるかもしれないと報告しておりましたから」
 大統領の口から、このようなことを聞けば納得するしかない。
「でも大統領、どこに逃げるんですか?」
 キムが大統領に問いかけた。すると、リナ大統領は天井を指した。

「宇宙です」
「宇宙ですか?」

3人とも聞き返すしかなかった。

「私を命懸けで守ってくださったあなたがたを、犯人扱いにはしたくありません。今、私が戻ればすぐに・・・殺されるでしょう。そして、あなたがたも・・・」

 こうも確信もって言われると、3人は信じるしかなかった。自分たちは、政治の裏側を知らない。今は、リナ大統領の言葉を信じるしかない。そう決断した。

 空中で停止していた3機は、突然動くことを思い出したかのうように急加速し、青い海が広がる東へと飛び立っていった。10機の機影は、最新鋭のMSに追いつくことは出来ずに、ただ引き返すしかなかった。

「計画は順調ですね。イナダ副大統領、いえ大統領と呼ぶべきですかな?」
「ふん、これからが重要だ。気を抜くな・・・」

 2人の人物が、サッポロの中心部にあるビルの屋上から、3機が飛び去った東を見つめていた――


EP0044年4月5日 太平洋上

「クラスト、もうすぐ合流ポイントだぜ?」
 
 キムの大きな声が、コクピットに響き渡った。ビクッと体を震わせ、クラストが見つめていたリナ大統領の瞳がゆっくりと開いた。自分が見惚れていた所を、見せまいとすぐに正面を向いて、何事もなかったかのようにキムに答える。

「分かった」

「私、いつの間にか寝ていたんですね」
「はい、そうです。あのような出来事があったのですから、お疲れになっていたのかと・・・」
 いきなり、リナ大統領に話し掛けられたので緊張しながらも、なるべく冷静に答えた。
「ところで、私の顔に何かついていましたか?」
(うっ、気付かれてたのか・・・)
「いえ、何も・・・」
「そうですか。なら良いですけど」

 リナ大統領は、そう言い残すと横を向いてしまった。

(嫌われたな・・・)

 クラストはそう直感し、まだ上空に昇っている太陽を手で遮りながら見つめた。

(これから、どうなるんだろう?)

 太陽は、豊かな光を注いでくれている。この地球という環境が、当たり前だと思ってしまった人類―――アースノイド。彼らがまた、太陽系を戦乱の渦に陥らせようとしていた。

あとがき

第2話〜宇宙へ〜
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