Ultimate Justice 第12話 〜波〜
2.facing the past

EP0044年6月6日 

「そんな無茶な!」

 今回の戦闘の前線移動司令部の役割を果たす、ソル級戦艦「ムンド」のMSデッキで、クラスト・ミリングは不満の声を上げた。それに対し、今回の第一次地球圏侵攻作戦の司令であるヨシュア・ライネルは、冷静な口調で言った。

「何かご不満かね?クラスト・ミリング少尉」
「当たり前です。本気であのウィアロンを無傷で横取りしようって言うんですか?」
 
 初対面の時から、あまりヨシュア・ライネルを好きになれなかったクラストは、整列しているパイロット達を横目に、ヨシュアの目の前に立った。ヨシュアも、同じようにクラストにはあまり良い印象がないようだった。

「これは、極めて重要な作戦だということは、クラスト少尉も充分に承知しているはずだ?」
「承知しています。しかし、ウィアロンを守るURES艦隊だけでも、自由同盟軍の3倍もの戦力を持っているんですよ?」
「我々には、ニュータイプ部隊、そしてデス・ロックスの部隊があることを、忘れてもらっては困る。少尉も、デス・ロックスの力を目の当りにしたはずだろう?」
 
 ヨシュアの言う通り、確かにデス・ロックスの兵器の性能には目を見張るものがある。しかし、現在URESの無人機を止めるウィルスはなく、URESは全無人機を導入してくるだろう。そして、ウィアロンという巨大ビーム兵器を発射されれば、いくらデス・ロックスの戦力が加わった所でどうにかなるものではない。

「少尉の考えも理解できないわけではない。しかし、一刻も早く事を進める必要があるのだよ。これ以上の説明は必要ないだろう。君たちパイロットは、自分達の仕事をこなせば良い。以上だ。戦闘配置に付け!」

 ヨシュアは、ランチに乗りこむ際にクラストを睨みつけ、ランチへと姿を消した。クラストは、ランチが接近してきた外惑星連邦の巡洋艦へ吸い込まれて行くのを見届け、赤いガンダムへと身を向かわせた。

「隊長、大丈夫ですか?」

 ガンダムへ向かう途中に、不意に後ろから声をかけられたので、後ろへと身体を捻らせた。そこには、全く同じ体格、顔の3人――ピエテロ、グレイ、ボブ――がいた。同じ顔でも、クラストは一人一人の微妙な表情の変化から、誰が誰だか見分けが付くようになっていた。

「グレイ伍長か?ああ、大丈夫だ」
「本当ですか?隊長の顔は大丈夫ではないと言っていますよ」

 笑みを浮かべながら、もう1度クラストは「大丈夫だ」と答えた。ガンダムのコクピットへ辿りつくと、2人の男女がMSデッキへ両側に銃を構えた兵士に連れられて入ってくるのが見えた。

「あれは・・・?」
「ルーン・リー少佐とフィリップ・ヘインズ大尉です」

 どこから、その情報を掴んだのか、同じ顔の3人の中で、一番真面目なピエテロがそう答えた。クラストは、連行される2人を注視すると、ピエテロが言ったとおり、1ヶ月前の戦闘で捕虜になったURES軍兵士であった。その後の尋問で、彼らはアークス――疑似ニュータイプ能力発生装置――の開発に関わった2人だということが判明した。その2人に、いまさら何を仕様というのか?クラストは、気になりその2人がいるところへと流れていった。


 ルーン・リーは、一人の男が流れてくるのを見上げた。横にいるフィリップも、同じようにして顔を上に向けていた。その男が、目の前に静かに着地すると、その男が誰だかすぐに思い出した。何度か自分と戦い、先日の戦闘で、自分達を捕獲したパイロット、たしか名前は、クラスト・ミリングと言ったか。ルーンは、そう考えながら、クラストの顔を見つめた。

「リー少佐とヘインズ大尉を、どこへ行かせる気です?」

 クラストは、両側にいる兵士に尋ねたつもりだったが、ルーンが答えた。

「聞いてないの?私たち2人が、あなた達の部隊の先に出て、自力で脱出したという芝居をして、URES軍を撹乱するのよ」
「誰が、そんなことを?」
「ヨシュア・ライネルって人が、僕達の利用価値をわざわざ見つけてくれたんですよ」

 ルーンの横にいたフィリップは、皮肉を込めてクラストにそう言った。クラストは、そんな話しは全く聞いていなかった。捕虜を作戦の一部として使うとは、明らかに国際法を無視したものだった。それを、ヨシュアも知っているはずだ。

「ところで、クラスト少尉さん。何で、あんたはURESを裏切り、外惑星連邦やティエラの側に立って、戦っているのさ?」

 ルーンの鋭い目線と言葉が注がれた。クラストは、その問いに対して、すぐに自分自身の中で答えを見つける事は出来なかった。

「何の為に戦っているか、それさえも分からなくなったの?あなた・・・パイロットなんて、やる資格ないわよ!そんな中途半端な心で、大切な人や仲間を殺されたら、こっちは大迷惑なんだよ!!」
 
 両側に立っていた兵士が、今にもクラストに殴りかかろうとするルーンを止めた。クラストは、何も言い返せなかった。自分が、このような立場にいるのは、ただあの時、リナ・ジュミリンを守ろうと思ったから。そして、その後も戦い続けたのは、この戦いの後には必ず「平和」という名の世界が来るということを信じて。しかし、それは自分を戦争へと向けさせる、明確な原動力ではないことを、自分でも薄々感じてはいた。クラストが戸惑っているのを、敏感に感じたのか2人は行動に出た。

 突如、ルーンとフィリップを連行していた兵士2人が、目の前で吹き飛ばされた。無重力空間なので、兵士たちは態勢を整えるのに時間を食っている。体当たりをされたのか、その衝撃で構えていた銃は、手の届かない場所にまで流れていた。

 クラストは、2人が自分に飛びかかってくると思いこんでいたので、素早く身構えたが、見えたのは小さくなるルーンとフィリップの後姿だった。

「追えー!!捕虜が逃げたぞ!!」
「中へ入っていった!」

 兵士たちは、やっとの思いで態勢を立て直し、MSデッキを出て、艦内へと通じる通路へ消えた2人の行方を追った。
 しかし、すぐにその兵士達は後ずさりしながら、せっかくの思いで拾い上げた銃を空中へ流し、両手を空中に挙げている。その先には、どこから奪ったのか、銃を持ったルーンとフィリップスともう1人がいた。

「ジョイス!?」

 クラストは、自分の目を疑い声をあげた。銃を背中につきつけられ、両手を挙げて、ルーンの前に立っているのは、ノーマルスーツ姿のジョイス・ミラーだった。

「ほら、クラスト少尉。あなたも、携帯している武器を捨てなさい!」

 ルーンの憎しみに満ちた目が、クラストを睨んだ。クラストは、その視線に突き動かされるように、すぐさま腰にあるハンドガンを抜き、空中へと流した。

「私に何の用があるんですか?」
「ふん、あなたが誰か当ててあげようか?」

 ジョイスは、自分でもなぜ恐れているのかが分からなかった。震える声で、自分に銃口をつきつけている女性に尋ねた。すると、思っても見ない返事がかえってきた。ふとその顔を見るために振り向いた。その瞬間、なぜ自分が銃を向けられているかを悟った。

「何ヶ月ぶりかしらね、ジョイス・ミラー少佐。直接会うのは、4年前以来だと思うけどね。あの出来事を忘れたとは言わせないよ。この横にいる男の顔、見覚えはないかい?」

 言われる通りに、ジョイスは横に立つ男性の顔を見た。驚きを隠すことは出来なかった。
(彼に似てる・・・)
何度も悪夢で見る映像。それが鮮明に、ジョイスの脳裏に蘇った。



――「投降したいんだよ!!言葉分かる?と・う・こ・う、だよ!」

 青いモビルスーツのコクピットのハッチの上で、男性が大きな声で語っている。その男性は、今自分の横で銃を構えている男性の面影がある。そして、横にいるもう1機のコクピットのハッチには、今自分の後ろで銃をつきつけている女性が立っていた。

「投降だってさ。ジョイス?おいっ!やめるんだ!聞こえているのか!?」

 キースの通信も、なぜかその時耳に入らなかった。いつもは、ちゃんと指導役のキースの命令は聞いたはずなのに、その時は・・・。

 そう、今感じているわけが分からない恐怖。人から伝わる、憎悪の念。それを敏感に感じた私は、ハッチの上に立つ男性に恐怖を抱いた。私の操るガンダムは、私の感応波を感じとり、速やかにビームサーベルを抜き、男性はおろか、コクピットもろとも一瞬の内にして蒸発させた。

 我に返ったときは、もうコクピットは跡形もなく消え去り、座りこんだ女性の泣き叫ぶ声しか聞こえなかった――


「忘れられるわけないよ・・・」

 ぼそりとジョイスは俯きながら呟いた。その言葉を聞いた、ルーンは無表情のまま、ジョイスの背中を思い切り殴りつけた。鈍い音がし、ジョイスはその衝撃で床に叩き付けられたが、再びルーンの手によって肩を掴まれ、無理やりその場に座らされた。銃口は、今度は背中ではなく頭につけられた。
 
「ふん、何が、『忘れられないよ』だ!あんたは、私から無防備だった婚約者を奪ったんだよ!!」
「私は、そんなつもりじゃなかった・・・」
「言い訳は無用だよ!あんたのその命で、ヨセフスの命を償ってもらうからね!!」

パーンッ!・・・カン

 乾いた音が、MSデッキに響き渡った。その音は、ルーンがためらわず、引き金を引いた証拠だった。最後の音は、多分床の金属に当たった音だろう。そう冷静に分析しながらも、クラストは目をつぶっていた。これ以上、仲間が殺されるのをこの目で見るのは耐えれなかったからだ。
 
 いくら時間が経っても、悲鳴の声が聞こえない。恐る恐る目を開けてみると、ジョイスは目をつぶってはいたが、同じ姿勢で、恐怖のせいで身体を震わせていた。クラストは、すかさずジョイスの体を一通り見まわすが、どこも負傷していないことを確認し、胸を撫で下ろした。しかし、何故負傷していないのか?あの至近距離から外す可能性はまずない。再び、銃を撃った本人に視線を向けると、そこには意外な光景が広がっていた。

 銃を握るルーンの手が、違う人間の手によって、銃口を天井に向けられていた。その手の主は、横に立っていたフィリップだった。そのフィリップを、驚きの表情でルーンは見つめている。

「少佐、もういいです。これ以上、一人で苦しまないで下さい」
「フィリッ・・・プ?」
「兄も、こんなこと望んでいないはずです。もう、復讐はやめにしましょう」
「何をいきなり?私は、ずっとこの時の為に4年間を生きてきたんだよ!?」
「ジョイス少佐を殺しても、何も変わりませんよ・・・。僕にとって、ルーン少佐と兄は、孤児院から一緒に育った、唯一の家族なんです。もう、これ以上は失いたくないんです!」

 沈黙が、MSデッキを支配した。態勢を整えた兵士は、慌てて2人を取り囲み、銃口を2人に向けた。フィリップは、すぐに自分が持っていた銃を兵士の方へやった。すると、ルーンもそれに習い、トリガーを引いた感触が残る指を銃からはずし、兵士に銃を渡した。

 ルーンとフィリップは黙ったまま、MSデッキから兵士に連行され、艦内へと連れ去られていった。

 一人残され、床に座りこんだジョイスの周りには、解放された安堵感からか、それとも悲しみからか、彼女の瞳から流された涙が無重力によって浮かんでいた。クラストは、自分の無力さを再び痛感しながら、ただ空調に流される涙の粒を、見つめる事しか出来なかった。


3.facing the reality
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