Ultimate Justice 第12話 〜波〜
3.facing the reality

EP0044年6月6日 地球圏

 ルーン・リー少佐とフィリップ・ヘインズ大尉の、ジョイス・ミラー少佐傷害事件は、一時MSデッキを騒然とさせたが、数分もすると何事もなかったかのようにメカニックマンやパイロットたちの活気で満ちていた。

 結局、ヨシュア・ライネルが提案した、捕虜による撹乱作戦は中止され、ジョイスも精神的に不安定になった為、今回の戦闘は出撃しないことになった。しかし、何を焦っているのか、ヨシュア・ライネルは第一次地球圏侵攻作戦を強行する決定を下した。

『隊長、私は今回の作戦は無謀だと思います』

 コクピットのディスプレイの小さなウィンドウにボブ伍長の顔が映し出された。3人の部下の中では、一番無口で、寡黙であり、喜怒哀楽を表情に表すことは全くなかった。その彼が、このような不安げな表情を見せるのは初めてだった。そんな彼にまで、不安にさせる理不尽な作戦だということは、クラストにも理解できた。

 3倍の戦力に正面から攻撃して行く。そればかりか、相手は巨大機動砲台「ウィアロン」を持っている。正面から行けば、その餌食になることはまず間違いないだろう。もしかしたら、ヨシュア・ライネル司令は何か策を考えているのかもしれない。そう考えもしたが、やはりクラストはこの作戦を強行する彼に限って、そんなことはないだろうと悲観していた。

 電子音が、突如コクピット内に響いた。それは、母艦から飛び立ち、既にウィアロンを護衛する艦隊へと近付こうという時に、全機に今回の作戦のフォーメーションと、味方の艦隊の配置図が送信を知らせるものだった。

『隊長!?』

 ボブ伍長が声を上げたのと同時に、クラストも絶句した。誰が見ても、明らかにおかしい配置図だった。デス・ロックスの部隊は、ウィアロンの射線上に配置され、それ以外の自由同盟軍の艦艇は、デス・ロックスの艦隊からかなり離れた場所に配置されている。また、自由同盟軍のMS部隊も、射線上に入らないように配置されていた。



「これじゃあ、ウィアロンに撃ってくださいと言っているようなものじゃないか!?」

 しかし、もう一つクラストが気になったのは、デス・ロックスのMS部隊が展開していないことだった。MS戦になれば、いくら強力な装甲を持つ戦艦でさえも、MSによる迎撃がなければ撃沈される可能性は一気に高くなる。しかし、デス・ロックスは艦艇を守る生命線とも言えるべきMSを展開していないのである。

『どういうことでしょう?デス・ロックスの部隊を、自由同盟軍は見捨てるのでしょうか?』

 ピエテロの何気ない一言に、クラストは思いつくことがあった。数日前、久しぶりにリナと会った時だった。彼女は、今までにない疲れた表情をしていた。デス・ロックスに関する話題になると、不自然にすぐに違う話題に変えていた。何かを必死に隠そうとしているよだった。その時は、よほど疲れているのだろうと思っただけだが、リナの不自然な行動、MS部隊が出撃していない事、そしてピエテロの言葉、これらの事から、自由同盟軍はデス・ロックスに何かしようとしているのでは?という疑念が強くなった。

(だから、ヨシュアは何としても作戦を強行しようとしたのか・・・)

『粒子加速器の発光確認。全部隊、ウィアロンの射線上から退避して下さい』

(遅すぎる・・・)

 移動司令部でもある、戦艦ヒンメルのオペレーターの声が、全部隊に通達される。しかし、発光を確認してから退避しては、既に射線上にいるデス・ロックス部隊は、ウィアロンの光に呑まれることになる。そして、それは現実と化すはずだった。


同時刻 火星圏 M1コロニー 『オリンポス』 前線作戦基地

「こうも簡単に引っ掛かってくれるとはな・・・」

 外惑星連邦の前線作戦基地として、既に定着しつつあるコロニー「オリンポス」内の総合司令部。現在の戦況を映し出す大型スクリーンを見、ローセルト・ライネルはかすかに笑みを浮かべつつ呟いた。その横では、リナ・ジュミリンとリュウ・ドマスティーも、同じスクリーンを見つめているが、2人の表情は曇っていた。

――数時間前

「デス・ロックス部隊には、先頭に立ってウィアロン護衛艦隊の殲滅に当たって欲しい」
「光栄です。是非、我々デス・ロックスにお任せ下さい」

 ローセルト・ライネルの頼みに対して、相変わらず貴族風の恰好をしたエスティン・シャアが答えた。

「この配置図に沿って行動してもらいたい。デス・ロックスを中心とし、その周辺を外惑星連邦とティエラ部隊が固める」
「分かりましたライネル大統領。では、失礼します」
「まさか、シャア閣下ご自身が前線へ行かれるのですか?」

 総合司令部から退出しようとするシャアを見て、驚きを声にリナは出してしまった。シャアは振り返り、笑顔で答えた。

「勿論です。私は、デス・ロックスの首領ですからね。生きるも死ぬも、デス・ロックスの民と一緒です。では、準備がありますので」

 デス・ロックス部隊に送られた配置図だけは、デス・ロックス部隊の展開する位置が、ウィアロンの射線上から外れているように改ざんされていた。それは、あの三人の食事会で決まったことだった。


火星圏 M1コロニー 『オリンポス』 前線作戦基地


 リナは、刻々と進んでいく戦況を大型スクリーンで見つめながら、数時間前の会話を思いだしていた。彼女の心の中は、デス・ロックスの数千人の命を罠にかけた、自分自身への罪悪感で満たされていた。それは、リュウ・ドマスティーも同じであった。

 確かに、デス・ロックスの部隊、そして外宇宙からの敵は脅威である。しかし、デス・ロックスに助けられなければ、自分たちは今生きてはいない。外惑星連邦が、1度自分たちを裏切ったように、今度はデス・ロックスを裏切ろうとしている。自分自身への嫌悪感をリュウ・ドマスティーは感じていた。

 そんな晴れない顔をしている2人を、ローセルト・ライネルは横目で確認しながら声をかけた。

「どうした?これで、外宇宙の敵の土台を取り除く事が出来るのだぞ?」
「そうですが、やはりこんなことは・・・」
 総合司令部のオペレーターの声が、リナの言葉が終わる前に響いた。

『粒子加速器の発光確認。全部隊、ウィアロンの射線上から退避して下さい』

 ローセルト・ライネルは、とうとうこの瞬間が来たかと興奮しながら、デス・ロックス艦隊の最大望遠映像を映し出している大型スクリーンに目をやった。

『ウィアロン、発射しました!』

 外惑星連邦の艦隊を葬った光が再びその牙を向けた。しかし、今回はデス・ロックスに対してであった。

 大型スクリーンの映像は、そのウィアロンが放った、宇宙を突き進む巨大な光の槍をはっきりつ映し出していた。そして、その光の槍は、退避するデス・ロックス部隊を呑み込んで行った。

「よし、全部隊を撤退させろ。目的は達成した」

 ローセルト・ライネルはそう言い終ると、司令部から出ようと歩き出した。しかし、オペレーターの当惑した声にその足をとめた。

『・・・空間が歪んでいる!?』

 大型スクリーンを振り返ると、デス・ロックス部隊が光に呑みこまれる前に展開していた場所――宇宙空間に歪みが生じていた。このような光景を見るのは、総合司令部にいる全員にとって初めてだった。誰もが、ただその空間の歪みが消えるまで、食い入るようにスクリーンを見つめるだけだった。

『えっ!?ウィアロンが後方から攻撃を受けています!!』

「何!?どこの部隊が攻撃をしかけた?」
『データから照合すると・・・!デス・ロックス部隊です!』
「何だと!?どういうことだ?何故、瞬時にウィアロンの後方へ!?」

 茫然とするローセルト・ライネルとリュウ・ドマスティーを横目に、リナはある情報を思い出していた

――
それは、空間転移、超光速、ワープという言葉だった。人類は、数光年先への恒星間移民をするだけでも、膨大な歳月を必要とした。それを、克服する為に長く研究され続けたのが、超光速ともワープと呼ばれる超光速航行技術だった。

 太陽系連邦も、その技術開発を急いだが、結局は太陽系内、地球圏さえ手中にあればいいと判断したのか、莫大な予算が必要な非現実的な超光速航行技術研究は中断された。しかし、エイレーネ平和主義国家は、その技術開発に成功したとも近年噂されていた。デス・ロックスは、未知のテクノロジーを多く備えていた。ならば、超光速航法技術を持っていても不思議ではない。そうリナは確信し呟いた。

「空間転移技術・・・」
「バカな!人類は時空を超えたのか・・?そのような技術を持つ相手なのか・・・?」

 ローセルト・ライネルは、大型スクリーンの前に絶望感に満ち立ち尽くしていた。それをよそ目に、大型スクリーンでは、ウィアロンを後方から攻撃するデス・ロックス部隊を示す赤いマークが、不気味に点滅していた。


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