Ultimate Justice
第3話〜動き出す宇宙〜

3.Cycle of Tears

ティエラ共和国軍 ソル級戦艦「ムンド」 一般待合室

 リナ・ジュミリン。つい先ほどまで大統領という座についていた19歳の女性。そんな彼女は、いま自分がなにも出来ないという、耐えがたい苦痛に見舞われていた。
 
 戦争――この命を投げ出してでも止めたかった。しかし、無情にも彼女自身が戦争を始めるための道具として使われてしまった。彼女は、自分の無力さに失望し、一人待合室に座っていた。そこへ、ガンダムを操れるということに、興奮気味のクラストが入ってきた。クラストは、ジュースを飲みに待合室に来たのだが、まさかリナがいるとは夢にも思わず、彼女の背中を見た瞬間に固まってしまった。

「リナ大統領。どうしたんですか、こんなところで?」
 クラストの声で、我を取り戻したのかリナが振り向いた。

(今まで見たことないような、悲しい瞳をしてる)

「クラスト少尉。私をせっかくここまで守ってくださったのに、すみません。戦いの流れを止められそうにありません。私には、もう何の力もないんですから・・・」

 クラストは、リナが何を言っているのかが理解出来ずにいた。彼はまだ、大統領の座から下ろされた事を知らなかった。

「何をおっしゃっているんですか?ティエラも協力してくるし、リナ大統領が一声かければ、俺たちの疑惑なんてすぐに消えますよ!」
「まだ、少尉は知らなかったんですね・・・」
「えっ?」
「私は、もう大統領ではありません。イナダ副大統領が臨時法の適用によって、イナダ副大統領が大統領に就任しましたから・・・」
「そんな・・・、議会は何故そんなことを許したんです!?リナ大統領の声明を、何度も全世界に向けて放映したじゃないですか?」
「確かにしました。でも、URESはあれはCGによる合成だとか、偽者だと言いがかりをつけて・・・」

 クラストは、手に取るように彼女の悲しみ、無力感が自分のように感じられた。今まで、こんな風に人の気持ちを感じたことはなかった。これもニュータイプである者の能力なのだろうかと、ふと思った。

「でも、リナ大統領・・」
「大統領と、もう呼ばないでください!」

 初めてリナの怒りの声をクラストは耳にした。今のリナにとって、大統領という言葉は彼女の中にジワジワと広がっていく無力感をただ強める意味合いしかもたなかった。

「ごめんなさい。怒鳴ってしまって・・・」

(情けない・・・この世界を平和にしたい。そう願って大統領になったのに。結局私は何も出来なかった。それどころか、戦争の火種となってしまった)

 俯いた彼女の表情は、クラストの立っている場所からは見えなかったが、両肩が小刻みに震えている。水滴がゆっくりと、空調の風になびいて無重力の空間浮かんでいた。

(涙?)

 クラストは、彼女の両肩にすっと手を置いた。自分でもこんな行動を取るとは思いも寄らなかった。でも、これだけ鮮明に相手の気持ちを感じ取ってしまっては、何もしないでいることなど決して出来なかった。彼女は、その両肩にのしかかる手の重みに、ノーマルスーツごしでも言葉では言い尽くせない「人の温もり」を感じた。

「リナだい・・・、いや、リナはこの太陽系に必要な人物なんだ。誰もリナの代わりにはなれない。今は何も出来なくても、いつか、またリナにチャンスが巡ってくるよ。それまでは・・・俺がリナを守り抜く・・・」

 クラストの心の中から言葉が溢れるように流れ出てきた。待合室に浮かんでいる水滴の数が、さらに増えたのに彼は気付いた。余計に自分が、彼女を傷つけてしまったのではと思った次の瞬間、彼女が自分に抱きついてきた。クラストは、実戦でもそうパニックに陥らないのにも関わらず、この予測不可能な行動に対してパニックに陥った。

「ありがとう・・・」

 聞こえるか聞こえないかの微かな声で、彼女が呟いた。聞こえなかったとしても、クラストには聞こえていた。リナが顔を上げた目がまだ充血している。

「今、言った言葉必ず守ってくださいね」

 瞳に涙を浮かべながらも、無理に笑みを浮かべるリナの姿に心が痛かったが、こくりと、クラストは頷き心の中で深く誓った。絶対に守って見せると。

 警報が艦内の至る所で鳴り響いた。その警報で、二人は抱き合っているという現実に気付かされることとなった。二人の顔が一気に赤くなると同時に、光のような早さで二人は離れて背を向け合った。そんな待合室にキムが勢いよく飛びこんできた。

「クラスト!今、URESがティエラに宣戦布告を通達してきたぞ!あれっ、リナ大統領、何でこんなところに?」
 キムが不思議そうに、背を向け合っている二人を見つめた。幸いにも、彼はあまり気にも止めず、「すぐにMSデッキに来いよ」と言い残し去っていった。クラストは、キムの後をすぐに追おうとした。

「クラスト少尉」

 リナが背を向けたまま話しかけてきた。

「もうこれからは、大統領と付けなくて結構ですから」

 すごく恥ずかしいのだろう、その声がやけに小さい。

「了解。そうそう、あと俺のことも少尉付けで呼ばなくて結構ですよ」
「分かりました・・・無事に帰ってきてください」
「ああ、約束するよ」

 クラストは、もうリナが口を開かないことを確認すると、待合室から出てMSデッキへと急いだ。

 MSデッキは、既にパイロット、整備兵やMS誘導兵でごった返していた。ソル級戦艦「ムンド」には、4つのMSデッキがある。その一つで、10機のMSが格納できる仕組みになっている。また、一MSデッキに対して2本の収納式カタパルトが用意されている。

 クラストが、今回乗る赤いガンダムに向かおうと、すると黒い機体が目の前を動いていった。通りすぎる際に、赤い一つ目がギョロリと彼を見つめた。ティエラ共和国の量産型MS「ニノ」だ。

 クラストは、次々とカタパルトから射出されていくMSを横目で見つめながら、やっとコクピットに身を滑りこませた。


ティエラ共和国軍 ソル級戦艦「ムンド」 ブリッジ

「報告。何事だ?」突然の警報に、ドマスティー大統領の顔も強張った。
「我々を追尾していたURES艦隊から、、宣戦布告と同時にミサイル群が発射された模様です」
「この長距離からか?回避行動で避けられるだろう?」マルコ将軍が、オペレーターに強く言い返す。
「先ほどから、回避行動、ミノフスキー粒子及び、チャフの散布をしましたが、依然として当艦に向けて進路を変更しません。新型の誘導ミサイルだと思われます」
「なるほど、UBCS(無人戦闘管制システム)兵器か。もう配備が完了しているとはな」と、ドマスティー大統領は呟いた。
「あちらがしかけてきたのなら、我が軍も応戦しないわけにはいかない。艦隊に、各自の判断で迎撃を行えと告げよ。ご丁寧に、URESに宣戦布告文章でも送ってやれ」
「しかし、こちらから宣戦布告などしなくても・・・」
「規則は規則だ。私たちはもうテロをやっているのではない。国家間同士の戦いだということを示さなければならない」

 大統領の顔は真剣そのものだった。その顔を見て、マルコ将軍は自分の言葉を撤回し、全軍に交戦許可を送った。


URES宇宙軍 巡洋艦「イワナミ」 艦内

 URES艦隊から放たれたミサイル群は、ドマスティー大統領が予想した通り、この戦闘で初めて実戦で使用されたUBCS技術を応用したミサイルであった。それは、超小型高性能CPUを搭載した自己誘導型ミサイルであった。

「よ〜し、いけ、当たれ、当たれ!!」
 
 キャプテンシートに立ち上がり、子供のようにはしゃいでいるキンブルを、ブリッジにいる兵士は、見てみぬふりをするしかなかった。
 
 巨大スクリーンに映しだされた、宇宙の暗闇を数十個の光が裂いた。
 
「ミサイルA群、敵の戦艦から放たれたアンチミサイル粒子弾により3分の1が撃破されました」
「艦長、さすがに新型ミサイルでも、距離が遠すぎます」
「うるさい!誰に向かって口を聞いてるんだ!ミサイルが当たらないなら、MS隊も全機出撃させろ!あの獲物を逃すな!!」

 キンブルの戦術、戦略を一切無視した命令は続いた。

「よーし、準備できたMSから順次発進しろ。そうだよ、だから早くしろって。はぁ?パイロットがいない?小隊にはパイロット一人ってマニュアルに書いてあっただろう?これは無人MSだろバカやろう。パイロットがいなくていいんだよ!」整備兵たちの声が、巡洋艦「イワナミ」のMSデッキ内に飛び交う。

 1機だけ青く塗られたジェスIIIのコクピットに、一人の女性が乗りこんだ。ノーマルスーツの上から、珍しくネックレスをかけている。

(やっと、この時が来たわよ。あなたの仇を必ず取るわ)

 彼女は、ネックレスに口付けをし、ノーマルスーツのヘルメットのバイザーを閉めた。

「リー少佐、どうぞ!」ディスプレイに、GOのサインがでる。
「ルーン・リー。行くわよ」

 彼女の操る機体は、カタパルトを華麗に発進した。横に2機のMSが付き、編隊行動を取る。彼女はその僚機に目をやった。

(ほんと無機質だね・・・)
 
 彼女を囲むように飛んでいる2機は、完璧に一定の距離を保ちながら飛行している。何故なら、その2機にはパイロットが乗っておらず、コンピューターによって制御されているからである。

 URES艦隊から発進したMSの光は、確実に先頭を行くミサイルを追い、巨大な戦艦に近付きつつあった。


ティエラ共和国軍 ソル級戦艦「ムンド」 MSデッキ

「おい、クラスト、本当にその機体で大丈夫なのか?」
 キムからの通信だ。
「ああ大丈夫だ。ジョイス少佐から説明を受けた。キムとミカは出撃しなくてもいいんだぞ?」
「何いってんだよ?お前一人に手柄を横取りされてたまるかよ」
「そうよ。抜け駆けはゆるさないわよ。それに、私たちチームじゃなかったの?」
 ミカも、通信の会話に入ってくる。
「了解だ、キム、ミカ」
 また違う回線から誰かが割りこんできた。ジョイスだった。
「そうそう、お二方に言い忘れてたけど、ちゃんと識別信号はティエラのに変えといてね。そうしないと、私が間違って撃墜しちゃうかもしれないから。戦場で会いましょう」

 ミカとキムはぎょっとした。彼女の言う通り、今から戦う相手はジェスIII。全く同じ機体だ。しかも、乗っている機体はまだ識別信号がURESのままだった。しかも、ジョイスならやりかねない。何故かミカとキムはそう直感した。

 3人は、MSでカタパルトへ向かった。クラストが、二人より先にカタパルトに機体の両足を乗せる。

「クラスト少尉。オールグリーンです。ご健闘を祈ります」
「了解。クラスト・ミリング。ガンダム出る!」

 赤いMSガンダムは、多くの光が散っては消えている宇宙へと飛びこんだ。

「ミカ曹長、キム曹長。オールグリーンです」
「オーケー。いっちょう、やってみますか!」
「いっちょやりましょう!」
「キム・ジョンソン。行くぞ!」
「ミカ・ルケード行きます!」
 
 2機の白い機体も、先に出た赤い機体を追うように暗闇に飲みこまれていった。

 URES艦隊から放たれたUBCSミサイルが、弾幕をくぐり抜けて次々とソル級戦艦「ムンド」に着弾する。全長8キロにも渡る超巨大戦艦なので、さすがにミサイルの被弾率も高い。しかし、元々亜光速で恒星間を行き来する艦艇として設計されており、装甲は太陽系に存在しない金属との混合金属で出来ていた。小型の核兵器でさえも、装甲の1番厚い部分は貫くことが出来ないとさえいわれている。

「右舷、第3ブロックに被弾。空気漏れなし」
「第12Mエンジンに、ミサイルが被弾。出力0.00002パーセント低下。航行に異常なし」
「さすが、UBCSミサイルというべきか・・・」
 
 ドマスティー大統領は、ブリッジのスクリーンに映し出されるミサイルを見て的ながらも関心した。致命的なダメ―ジは全く受けていないが、ムンドの防空班は、意外にもUBCSミサイルに手を焼いていた。まだ距離があり、まとまって飛来するミサイルは、アンチミサイルでまとめて処理できるが、近距離になると突如、パイロットが乗っているかのうように、戦闘機並の回避運動をとりながらミサイルが飛来するからであった。

「弾幕薄いぞ。MS隊の発進状況は?」
「90パーセント完了です」
「MS隊の10パーセントを防空にまわせ。意外とこの新型ミサイルは厄介だ。致命傷にはならなくとも、装甲が薄い部分に直撃されると厄介だ」
「はっ、了解しました」
 
 ドマスティー大統領は、実質、軍の最高司令官以上の権限を保持していた。彼は、実は政治家というよりは軍人である。何故なら、彼自身URESに25年間「アンティ・ティエラ」という武装組織を率いて、常に前線で戦ってきた根っからの軍人だからだ。

 ジョイスとキールの赤いガンダムを先頭に、ティエラのMS隊は徐々に敵MSをレーダーでそろそろ補足出来る距離に達していた。クラストは、すぐさっき起こった光景にまだ目を奪われていた。

 まだ、レーダーに反応が何もないところへ、突然ジョイスがビームライフルを撃ち出したのであった。クラストたち3人は、「何で敵に自分たちの居場所を知らせるような真似をするんだ」と、自分たちの経験から注意しようとしたが、そのビームが実は数百キロ離れたミサイル群を破壊していたことに、閃光が見えた時初めて気付かされたのであった。それは、「これが、ニュータイプの力よ」と見せつけんばかりの神業だった。

「まじかよ・・・」

 キムがそれを見て、驚嘆の声を上げた。キムだけでなく、クラストとミカも、「ニュータイプ・パイロット」という多くの伝説が偽りではなかったと、信じる他なかった。


「敵MS隊を補足した。各機迎撃態勢を取れ」
 
 ジョイスの声が、クラストたちのコクピットにも響いた。さっき話していた彼女の柔らかい声ではなく、鋭い軍人の声だった。まだ、レーダーに補足されていないが、彼女が言うのだったら、そうなのだろう。ニュータイプを信じるしかない。
 先に攻撃しかけたのは、URES宇宙軍MS隊であった。ジェスIIIには、索敵、通常、遠距離支援の3バージョンがある。その遠距離支援型が装備する、ビームランチャーの光が辺りを埋める。

(一体何機いるんだ!?)

 半端ではない数のビームが、宇宙を一瞬だが明るくする。クラストたちは、何とかビームシールドで前方をカバーしながら、回避運動を取る。しかし、クラストたちの前を行く、ティエラ共和国量産型MS「ニノ」の2機がビームシールドに続けざまにビームランチャーを受けたのか、ビームがシールドを突き破りボディーを貫いた。その機体を光が覆った。

 クラストは、爆発の瞬間に、確かにそのコクピットの男の声、魂の叫びを聞いた。その断末魔を振り払うかのうように、クラストは頭を左右に振った。額に汗が流れた。

(これが、人の心を感じれるってことなのか?)

 MS隊の先頭にいるジョイスとキールが操るガンダムは、背中から6基のファンネルを放出した。2機は舞っているかのうように、手に持つビームライフルで相手の動きを封じ込め、そこへファンネルの光が相手の機体を撃破した。

(何か来る!?)

 ジョイスとキールは同じ感覚を共有した。

(少佐。この感じは・・・)

 2機のガンダムの元へ、僚機を撃破された青いジェスIIIが向かってくる。ファンネルが、ジクザク飛行しながらその青い機体を打つ。しかし、直撃する寸前に避けられるか、シールドで上手く防がれてしまう。まるで、次の攻撃がどこへ来るか分かっているような動きをしている。

(何なのこいつ?)

 二人は焦りを感じた。ニュータイプである二人にとって、URESのUBCS搭載のMSであっても、所詮コンピュータであって赤子も同然だった。パイロットが乗っていればなおさらだ。しかし、パイロットが乗っているこの青い機体は違った。

(私は、4年も待ったんだよ!)

(女性のパイロット?)
 キールとジョイスの頭に、そのパイロットの声が響いた。

(4年?)
 ジョイスは、その言葉に不快感を感じた。それが、一瞬の隙を生み出すことになった。青いジェスIIIは、バックパックから2発のミサイルを発射する。2発のミサイルは、ジョイスの機体に襲いかかる。しかし、キールが間一髪で2発を仕留めた。

(なっ!?)

 キールは、機体を後ろへと走らせた。光の矢が、ビームライフルを持つ右手を切断した。あの女のパイロットは自分がジョイスを助けにいくことを予想し自分を攻撃した。後一瞬気付くのが遅れていれば、コクピットを貫かれていた。

 ジョイスもすぐに我に返り、青い機体をキールから引き離すためにファンネルで牽制する。青い機体は、ゆうゆうとファンネルからの攻撃を避けている。

(何なのこの女!?)
 
 ジョイスは困惑するばかりであった。今まで、パイロットをやってきてこのファンネル攻撃を連続で避けることの出来たパイロットなど存在しなかったからだ。

「何で当たらないのよっ!!」

 そう叫びながら、彼女はビームサーベルを腰から抜き、接近戦に持ち込もうと距離を縮めた。

(望むところだ!仇はとらしてもらうよ!お嬢ちゃん!!)

 また女性パイロットの声が響く。通信回線は開いていない。

(私のことを知っている?)

 ジョイスは、お嬢ちゃんと呼ばれたことに、また気を取られた。青い機体が放ったビームが機体をかすめる。衝撃がコクピットを襲う。

(くっ・・・)
(ジョイス、僕は後方から攻める。挟み撃ちに!)
(分かった)

 キールは、彼女一人では無理だと判断し、残った片腕でビームサーベルを抜き、青い機体の後方から接近した。

 青い機体も、接近戦に答えるかのように持っていたビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルを抜いた。後方から接近するキールと、ジョイスは挟みうちにするように、タイミングを合わせ同時に振りかかった。

 ジョイスのビームサーベルと青い機体のビームサーベルが重なり合い、全天周囲モニターに何度も光が走る。

(嘘・・・?)
(嘘だろ?)

 青い機体は、いつの間にか取り出したもう一本のビームサーベルで、後方から攻めたキールのビームサーベルを受け止めていた。

「甘いよ。私がこの4年間、どれだけこの時を待っていたか、お前たち二人には分からないだろうね!」

 この至近距離の中で、青いMSから通信が入った。

「あなたは誰!?」
 ジョイスが、ビームサーベルを何とか敵に近づけようとしながら叫ぶ。

「何だって?私が分からないのか?くっ・・・」

 女性のパイロットの苦悩の声が聞こえた。どこからかきたビームが、青い機体の片腕を直撃した。青い機体は、すぐさまジョイスとキールから凄まじい速度で離れた。

「ジョイス、キール大丈夫か?」

 もう1機の赤いガンダム。クラストが乗る機体だった。そして、その後ろには、ミカとキムが操るジェスIIIが見えた。

「クラスト!」

 二人は、何とかこの窮地を脱出できそうだと希望を感じた。一気に形勢は逆転したかのように見えた。

「私が誰か分からないのなら、思い出せてやるさ!!」
 
 青い機体は、猛烈なスピードでクラストに接近しつつ、バックパックに残る3発のミサイルを発射した。ガンダムの頭部にあるバルカン砲で1発を撃ち誘爆させる。その爆発の光のあとに、さらに明るい光が辺りを照らした。MSに装備されている、緊急用の照明弾の光だった。

 それは、一瞬の出来事だった。クラストは、敵意が自分を突き抜けて、後ろへ行くのを感じた。目が少し眩んではいたが、コンピューターが光を自動調整してくれたおかげで、照明弾の光は直接見るよりは暗くなっていた。その一瞬は、クラストにとって、なぜかスローモーションで夢のようだった。

 シルエットだけが、浮かんだ2機のジェスIIIが重なり合っている。重なり合っていた1機が、もう1機を蹴り飛ばし、その場を離れていく。蹴り飛ばされた1機は、ある場所にぽっかりと穴が空いていた。そこは、パイロットが座っているはずの場所だった。

「これで、思い出しただろ!」
 
 そう彼女は吐き捨て、クラストはその敵意が戦場を離れ去っていくのを感じた。やっと目が通常戻った。後方に目をやると、先ほどシルエットだけ見えたジェスIIIは、何も外傷もなく機体が浮かんでいた。コクピットを除いて。

「キ・・・ム・・・?」

 ミカが、恐る恐る声を発した。キムが操っていたジェスIIIには、コクピット部分だけが消失していた。そのぽっかりと空いた穴の中では、火花が散っている。クラストは、茫然と人工的に作られた穴を見つめるしかなかった。ミカの叫び声ともとれる泣き声が、クラスト、キール、ジョイスの耳に届いた。

 青い機体が、照明弾を放ち、その後方でその光に気を取られていたキムの機体を、ビームサーベルで一突きしたのであった。

(キムが死んだのか・・・?)

 クラストは、今だに信じられなかった。無機質な、宇宙を漂うゴミと化したキムの機体を見つめた。ただ、この情景が夢ではないことは、ミカが発している悲しみを感じればすぐに分かった。それでも信じたくはなかった。3年間一緒に過ごした仲間だ。キールとジョイスも、クラストと同じようにミカの心の悲しみ、痛みを感じ取っていた。だが、誰も何一つ慰めの言葉は見つからなかった。

「どうした?照明弾が見えなかったか?帰艦命令が出ているぞ!」

 突如、男性のオペレーターの声が聞こえた。その言葉には、何一つ死の痛みを和らげる言葉は含まれていなかった。それもそのはず、オペレーターがキムの戦死を知るはずもなかった。このオペレーターの声で、3人はやっと重い腰をあげ、一向に動こうとしないミカの機体を曳航し帰艦した。

 青い機体が身を引いたのはURES艦隊が、帰艦命令を先に出したからだということを帰艦後4人は知った。今回の戦闘で、12名のティエラ共和国軍のパイロットの命が宇宙へ散っていった。すぐに合同で、その人たちの死を悼む時が設けられた。ミカは、彼女の為に用意された部屋に閉じこもり出てこなかった。

 ピィーという笛の音とともに、戦艦内の全ての人が敬礼、あるいは黙祷をした。それが終わり、クラストも一人部屋を与えられ、そこでしばらく休養するようにといわれた。いわれなくても、休養が欲しかった。
 
 一人ベッドに横たわりながら、クラストはキムを殺したのは自分のせいだと感じ始めていた。もし、あの時目を頼らず、このニュータイプの能力を信じて、あの青い機体を切っていれば、敵意を感じたあの瞬間に。

(人一人も救えない・・・こんなニュータイプ能力があったって、意味なんかないじゃないか!リナを守り抜く事なんてて・・・俺には出来きない)
 
 クラストは、思いっ切り壁を殴った。その反動で自分の体が浮かび上がる。クラストは初めてキムの死後涙を流した。

 同じ頃、キールとジョイスも自分の部屋にいた。二人は、同じ事を考えていた。あのキムの殺され方を見て、思い出したのであった。あの4年前の出来事を・・・。


―――4年前
 ティエラ共和国の独立を勝取るための戦争。後にティエラ独立戦争と呼ばれたあの戦争で、あの女性パイロットと出会った。
 1機の青いMSが、コクピットをビームサーベルで貫かれている。ビームサーベルを握っているのは、2本の角がある、赤いガンダム。乗っているパイロットはジョイスだった。
 2機のMSがその一部始終をみていた。キールと、あの女性パイロット。

『ヨセフス!!』

 女性の声が、キールとジョイスのコクピットにも響き渡る。コクピットのぽっかりと穴が空いた青いMSに、数秒前まで存在した人の名前であろう。

『私達は、投降しに来たのよ!なのに何で!?』
 悲痛な彼女の叫びが、何度も何度も頭に響く。



 ジョイスはそれを思い出したと時、身を震わせた。自分のせいで、キムは死んでしまった。4年前のあの時、投降表明をしてきたMSのパイロットを殺してしまったのであった。

 それは、そのヨセフスと呼ばれたパイロットの、自分に向けられた「敵意」を敏感に感じてしまったからだった。その不快感を消すために、無意識にジョイスの操るガンダムは、その不快感の発生源を消すという行動に出たのであった。

(キムが殺されたのは、私が・・・あのパイロットを殺したから・・・)

 部屋には、無数の水滴が宙に漂っていた。

第4話へ

あとがき
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送